(24) 動的に変化する状況における法的推論システムの研究開発
研究代表者:東条 敏 助教授
北陸先端科学技術大学院大学
[目次]
- 研究の背景
- 研究の目的
- 研究内容
- 研究体制/研究方法
- 想定されるソフトウェア成果
ICOT では, 人工知能技術の集大成として, またコンピュータの社会へのアプリケーションとして, 両方の側面から法的推論を研究テーマにあげてきた。
まず人工知能のさまざまな技術を融合するという観点からは, 事例や推論規則と言ったさまざまな表現形態を吸収する必要から必然的に論理プログラミングを拡張することとなり, 高階の論理に基づく論理型言語と同時にその言語に基づく法的推論システムを表裏一体に作りあげてきた。しかしながら, この法的推論に特化するという方針のために, 論理型言語として, あるいはもっと一般的に言えば計算機言語としての数学的なセマンティクスがいくつかの点で曖昧になったままである。
一方で, 法的推論の側から生じた動機として, 法的知識の静的記述と動的な推論の両方において状況依存性が重要な指針となるという観察がある。 New Helic-IIの開発過程においては, この指針が大枠で是認されながらも時間的制約等の関係で言語仕様で直接これを反映することは行わなかった。
したがって本研究の背景には, 言語セマンティクスの整理と状況依存性の記述が課題として残っているという認識がある。
本提案は, 以上に述べた背景をもとに, New Helic-II の残した課題を整理し, その言語を改築し, セマンティクスがより健全な状況推論言語を設計開発することを目的とする。 具体的には以下の二点を研究を目的とする。
・ New Helic-II に状況を導入する. ただし状況とは推論規則やファクトを含むモジュールであると同時に, 型階層を動的に変更するしくみであり, これにより推論の状況依存性を実現する。すなわち, 価値観や立場のような心的状況も, 現実の事例における場面毎の状況も同一の形式化のもとに表現することを可能にし, また状況間の関係から推論を行なうことを実現する。
・ New Helic-II において意味論を混乱させる原因だった H項とΨ項の区別を改め整理する。これに伴い, 項が一時的・一回的なイベント (event) なのか恒常的なプロパティ (property) なのかを区別し, かねてより問題であった規則のセマンティクスと階層関係のセマンティクスの間にあった問題を解決する。
- 上記研究目的に沿って, それを詳述する形で研究内容を以下に説明する。
●状況の導入について
- 論理型プログラミング言語を拡張する方向としては, F-logic のように素性構造 (feature structure) を導入すること, Login のように素性とともに型階層 (sort hierarchy) を導入すること, また推論規則に通常の implication 以外のものを導入すること (例えば仮説推論など)が考えられる。また,Quixote のように以上のいずれも満たし, かつモジュールとして推論規則やファクトの集合を分節した言語もある。
- 一方, 法的推論においてとりわけ重要になってくるのは状況依存性の表現である。法的な推論を行なう際に, 人間は推論に多様な側面から前提条件を持ち込む。それは, その人間が存在する領域における常識・価値観, 彼が存在する立場であったりする。
- 前述したように拡張論理型言語にはさまざまなアスペクトがあるが, 特に状況依存性を陽に記述しようとしたら, それは一階の述語式に対してそれが成り立つ環境を陽に書くことに相当する。
- 本提案では, 上記のさまざまな拡張 (素性構造, 型階層, 仮説推論) をすべて含み, さらに状況としてまず Quixote 風のモジュールの概念を持つ言語を策定する。モジュールはルールとファクトの集合であり, モジュール間の継承関係がルールやファクトの一部をマスクし, あるいは書き換え, 与えるモジュールによって推論結果が環境に依存するようすを実現する。しかしながら, 本研究では状況の概念をモジュールからさらに拡張し, ルールとファクトの集合プラス型階層(の一部)であるとする。すなわち, 状況の変化・追加はルール群・ファクト群の動的・一時的変更であると同時に型階層の一部の動的・一時的変更であるとする。この提案の動機としては, 特に法的推論では時間によって事物の帰属関係が変わったりすること (推論の時間依存性), 及び法廷に登場する各人の認識の差異などを適切に表現すること (推論の知識・信念による依存性) があげられる。
- 同時に, 状況は静的事態の記述手段でもあり, 過去の判例を記述したり, 法令文を記述したりする手段ともなる。例えば「危険な状態にあれば, 違法行為も無罪となるときがある」というルールは, 「危険な状態」を背後条件として, 「違法行為」を含むような状況の型と「無罪」を含むような状況の型の間の制約 (constraint) であるとして記述できる。
- また状況間の包含関係を定義することで, 上位状況の下位状況への特化や下位状況の上位状況への抽象化などを仮説生成機能と考えることもできる。
- ●項のセマンティクスの整理と時間属性の導入
- New Helic-II の H 項は LOGIN の Ψ項に追加してこの言語の独自のセマンティクスを与えるものである。 この区別は, 具体的には動詞的に用いる述語間の型階層とその中の属性構造, および述語の引数として名詞的に用いられる型階層とその中の属性構造を区別する手段であった。しかしながら H 項の導入は項間のユニフィケーションを甚だ複雑にしており, 同じ述語が述語として用いられたときと項の中で再帰的に述語が用いられた場合の扱いが異なったり, 変数 (タグ) のあるなしによって質問内容が異なったりと, 項のセマンティクスが混乱を招きやすい状態にあった。
- 本研究では, このような複雑な項の概念を見直し, 整理し, H 項がΨ項において代替できるかどうかを検討する. 特に議論の本質となるのは, 項の意味として, それが一時性・一回性のイベントであるのか, あるいは恒久的なプロパティであるのかの区別である。 述語の動詞性はその述語で記述される事態の一回性と捉えられ, また述語の名詞性とはその述語で記述される事態の恒久性と解釈できる。したがって `fly(bird)' という単純な述語記述においても, 必然的にある一匹の鳥がある機会に一度飛んだという事態を指すのか, 一般に鳥というものは空を飛ぶものであるのかという属性記述であるのか (あるいはある特定の鳥は飛ぶという属性を持つものであるのか, すべての鳥がある一瞬そろって飛んだという事態なのか), などの混乱を生む。 またこのことは同時に `A ← B' という規則と `A > B' という階層関係とのセマンティクスの差異, あるいは規則間のユニフィケーションの意味と言った問題まで言及する必要がある。
- 特にプロパティと呼ばれる述語のそのプロパティの維持に関しては状況依存性が密接に係わるところである。本研究においては, あるプロパティが成り立ったり, 成り立たなかったりするという事態の変化は, そのプロパティをサポートする状況を入れ換えることによって実現されるものとする。
(1) 研究体制
氏名 所属
研究代表者 東条 敏 北陸先端科学技術大学院大学助教授
研究協力者 國藤 進 北陸先端科学技術大学院大学教授
研究協力者 新田 克己 電子技術総合研究所推論研究室長
研究協力者 大森 正則 北陸先端科学技術大学院大学修士2年
(2) 研究の方法
本研究は以下の手順で行なう。
- ○ IFS New Helic-II および Quixote の学内におけるインストールと使用実験.
- ○ オーダーソート言語, 属性階層を持つ言語などのサーベイ・分析
- ○ 状況理論, 特に状況推論に関する文献調査および既存システム分析
- ○ KL1C によるシステム改良実験
- ○ 状況推論システムの設計
- ○ 型階層の維持とユニフィケーションのシステムの設計
- ○ Prolog による状況推論システムの実装
- ○ Prolog による型階層維持システムの実装
- ○ 記述実験・評価
(1)作成されるソフトウェア名称
動的型階層による状況推論システム
(2)そのソフトウェアの機能/役割/特徴
動的型階層による状況推論システムは, 法的推論を主たる役割としながらも, 汎用のプログラミング言語である. この言語は以下の機能・特徴を持つ。
- ・ ユーザによる推論規則(述語)定義
- ・ ユーザによる項の属性記述
- ・ resolution を基礎とした推論
- ・ ユーザによる型階層の定義
- ・ 型の属性の自動継承
- ・ ユーザによる状況関係の定義
- ・ 推論過程における状況の動的生成
- ・ ユーザによる状況に依存した項の定義
- ・ 状況に依存した推論, すなわち型階層・述語・ファクトの維持
- ・ ユーザによる項のイベントとプロパティの区別
- ・ 項間のイベントとプロパティの区別によるユニフィケーション機能
本言語はモジュール機能, 型階層, 属性構造を伴う論理型言語を構文上の特徴とするため, データベースその他オブジェクト間関係を主にした知識表現も可能である。したがって, 論理的矛盾を含まないような作法を守って記述した場合には, 汎用の知識表現言語としてのフィージビリティーを持つものとする。しかしながら本研究の動機にあるように, 本言語は状況に依存した推論を実現するしくみを目的として開発するものであり, 特に法的推論などの応用例においてもっとも顕著な記述力を発揮することを特徴とする。
(3)ソフトウェアの構成/構造
ソフトウェアの構成は以下のとおりである。
+---- ユーザ
| ↓
| 論証生成モジュール
| ↓
| 推論プロセス _____________________________________
| 管理モジュール |
| ↓ ↓
| 状況管理プロセス------→ 一時的 ←----------推論プロセス
| モジュール 状況データベース モジュール
| ↓ |
+--→ ユーザ定義 ←--------------------------------------+
データベース
(4)参考とされたICOTフリーソフトウェアとの関連
New Helic II : 類似点 sort階層を持つ. Ψ項
相違点 sort階層の扱い(静的, 動的)、状況依存な記述
Quixote : 類似点 状況依存な記述
相違点 状況の型の概念を組み入れる. 動的状況.
(5)使用予定言語および動作環境/必要とされるソフトウェア・パッケージ/ポータビリティなど
UNIX 上の SICSTUS Prolog をメインの開発環境とする. この過程においては, New Helic-II との相互比較のために KL1C によるサンプルプログラムも行う。
(6)ソフトウェアの予想サイズ(新規作成分の行数)
2,000〜3,000 行程度を予想
(7)ソフトウェアの利用形態
本ソフトウェアは、一般の論理プログラミング言語の研究開発を主たる目的とする研究グループにではなく, 状況理論および法的推論の両研究グループに対して研究目的での使用に供することを目的とする。したがって、言語としての評価も両グループから受けることを期待する。研究目的であれば, AITEC を通じて, あるいは当大学よりフリーで公開することを念頭におく。
(8) 今年度末の仕上がり状況
本年度末までに, 型階層の動的変更をできる状況推論言語を完成し, 状況の動的生成と状況間の関係を用いた推論方式を実現する。状況間の関係としては時間関係を考え, 時間の経過による状況の変化を記述実験する。例題として, 殺人の意志の時間的持続性を考え, おなじ殺人を犯す場合でも状況が変われば (例えば, 殺人を行なう人間がそれを行なわなければ危険な状態を回避できない状況など) 結論が変わってくる例を本言語で導く。
(9)添付予定資料
・ソフトウェア仕様書
・ユーザマニュアル
www-admin@icot.or.jp