平成8年度 委託研究ソフトウェアの提案 |
知識ベースシステムは,人工知能(AI)の基礎的研究テーマであると同時に, AIの実用化や知識情報処理システム構築のための要素技術として不可欠な研究課 題である.
同システムで用いられている推論機構としては,現在のところ比較的単純な演繹 的推論処理が中心となっている.しかしながら,この演繹的推論だけでは,発想, 常識,また,曖昧・不完全な知識の取り扱いなど,人間のより豊かな知能の実現に 対して限界がある.そのため,知識ベースシステムの高機能化のために,演繹的推 論以外にも,仮説に基づく推論,帰納的推論,デフォルト推論,不確かな知識の利 用など,より高度で複雑な推論機能を用いることにより,柔軟で知的な処理を行な うことが期待されている.
そこで提案者は,特に知識ベースシステムの推論処理の高機能化として仮説推論 に着目し,その推論処理の高速化について検討し,1)無矛盾性の検査の効率化(※ 1),2)最適な説明の効率的な探索方法(※2)の2方面から仮説推論の高速化を提案 してきた.
また,実用化に耐える規模の知識ベースシステムが要求する計算能力にこたえる ためには並列処理が欠かせないものと考える.これまでの研究開発をベースに,仮説 推論処理を並列化することにより,高度な知識処理能力を備えたより大規模な知識 ベースシステムが実現できる.
※1 プログラム解析に基づく仮説推論の高速化技法,
情報処理学会論文誌, 第35巻10号, 2019-2028頁 (1994年10月)
※2 コストに基づく仮説推論における最適解探索の一方法,
情報処理学会論文誌, 第36巻10号, 2380-2390頁 (1995年10月)
本研究では,プロセス間通信ライブラリPVM (Parallel Virtual Machine)を用 いた分散メモリ並列実装のKLIC(以下,KLIC+PVMと記す)を用いて並 列仮説推論システムを実現する.
本研究で提案する並列仮説推論システムはその試作システムが既に,並列計算機 AP1000上で動作している(※3).その研究開発をベースにアルゴリズムの中 枢をKL1に移植し,KLIC+PVMの同動作環境が持つ並列実行特性に適した 負荷分散,プロセッサ間通信などの方法を検討し,同システムを作成する.
今まで特定の並列計算機上でしか動作していなかったシステムに汎用性を持たせ るものである.本並列仮説推論システムは,高度な知識処理を備えた大規模な知識 ベースシステムの実用化・高速化に大きく寄与するものと考える.
※3 PARCAR: コストに基づく並列仮説推論システム、 並列処理シンポジウム JSPP'96, 169-176頁 (1996年6月)
本研究では,UNIX計算機ネットワーク上で動作する並列仮説推論システムを 製作する.仮説推論の推論処理技術に並列ヒューリスティック探索が持つ探索制御 技術を導入することにより,効率的な並列仮説推論システムを実現する.
ソフトウェア開発は以下の流れで行われる.
本研究で作成する並列仮説推論システムの要求する動作環境として,KLIC+ PVMを採用した理由は以下のとおりである.
現在,多くの計算機メーカーにおいて並列計算機が開発・製造されているが, 各々の並列計算機の性能は独自のアーキテクチャに依存する部分が多く,すべて の並列計算機上で高性能を発揮できる並列推論システムを一般的に開発すること は難しい.さらに,これらの並列計算機に対する設備投資費は大変高価であり, 並列処理を行うソフトウェア開発の普及・発達を困難なものにしている.
一方で,近年,インターネットに代表されるように計算機をとりまくネットワー ク環境が発達・普及し,多くの研究開発施設で複数のコンピュータがLAN接続され るようになってきた.このような計算機ネットワーク環境を用いて手軽に並列・ 分散処理を実現するものに,PVM(Parallel Virtual Machine)というソフトウェ アがある.
また,プログラム言語KL1は,記号論理に基づいた強力な知識表現能力を持っ た並列論理型言語GHC(Guarded Horn Clause)を基に設計されており,推論処理 の並列化の実装に最もふさわしい並行プログラミング言語である.
以上により,本研究では,KLIC+PVMを用いて並列仮説推論システムを実 現する.
提案者は既に,分散メモリ並列計算機AP1000上で並列仮説推論を行う試作 システムを作成している.本提案で行う研究開発は,上記の研究開発で得た経験, 並列化のノウハウが活かされた方法で実施され,KLIC+PVM上で高速に動作 する並列仮説推論システムの正式なソフトウェア化が実現される.
本並列仮説推論システムは,大まかに,以下から構成される.
本システムにおける並列推論処理のプログラムはKL1を用いてコーディングさ れる.また,KLICを用いてKL1版プログラムをCのソースへコンパイルする ことにより,PVMによる一般WS上での並列実行が可能になり,並列仮説推論シ ステムが実現される.
仮説推論は,不完全な知識を適切に扱い推論を行う高次推論の一形式であり,そ の応用分野は,診断・計画問題,自然言語処理など多岐にわたる.その推論処理は 知識ベースシステムの高機能化を実現するものであり,人工知能の実用化や知識情 報処理システム構築のための要素技術として利用価値がたいへん高い.
本並列仮説推論システムは記号論理による強力な知識表現能力,その並列処理に よる高速な推論速度を利用者に提供するものであり,上記の応用分野を中心とした 一般知識ベースシステムの中心的な推論処理機構として利用される.
また,KLIC+PVMの提供する計算機ネットワーク環境により,利用者は, 各自の研究開発環境内に現存する計算機資源を有効に利用して,並列推論処理を手 軽に活用することが出来る.
さらに,その環境上に繋げられた複数の計算機の計算能力をフルに稼働させ,並 列仮説推論処理をシステムの推論機構に用いることで,単体のワークステーション の計算能力では対応し切れなかったような,高度な知識処理,大規模知識処理シス テムの実現が可能になる.
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