状況に依存した推論を形式化するためには、通常の一階述語に対してそれが成 立する状況を明示できるようにすることが望まれる。このために、状況をその 中で成り立つファクトまたはルールの集合と考えて、モジュールとして導入す ることがよく行われてきた。しかしながら、モジュールとしての状況は包含関 係による階層の他は関係をつけないのが普通である。しかも、あるファクトが 成立する環境として新たに状況を生成するようなことはしない。本研究におい ては、状況がより状況らしいふるまいをするために、以上の諸点を改善し, (i) 動的に状況を生成できること、(ii)状況間関係を自由に定義できること, (iii)中のファクトの数え上げによる状況ではなく、中のファクトはその状況 のあくまで部分情報であるとする状況の表現をめざす。
状況を動的に生成する材料として、われわれは状況が単体ではなく、より基本 的な要素の集合として捉える。まず、状況の素粒子のようなものを仮定し(状 況素と呼ぶ)、その状況素の間の関係(隣接関係と呼ぶ)を定義して、隣接関係 で結ばれた状況素の集合として状況を表現する。状況はこのモデルにおいて、 相互に関係付けることによって状況の種類に依存した性質を保持し、様相論理 の`世界'のように情報の要素(インフォンと呼ぶ)の集合を持つ。さらに、状況 でインフォンが成り立つかを決定する関係(サポート関係)をひとつの状況の種 類を分割する因子の大きさの概念から、3種類に分ける。これによりイベント とステートの区別が実現できる。このモデルの利点は2つある。第 1に、状況 がサポートするインフォンの集合(サポートマップ)が状況素から構成的に計算 によって求めることができること。第2に状況素と隣接関係からなるグラフ上 のパスであれば状況になるので、非常に幅の広い柔軟な世界構造を持つことで ある。
状況理論によるモデル化は、さまざまな状況が一様な形式で表現できるが、本 研究ではその中で特に時間的な状況の表現を考察する。時間的場面の推移によっ て知識の変化が頻繁に出現するため、時間情報を状況によっ て表現すること は非常に有効である。時間情報の表現として、我々は時間的な時点や時区間な どを実体を表す`状況'を持ったモデルを与える。このモデルの利点はインフォ ンが持っている時間情報を考えず、状況間の時間関係だけを考慮すればよいこ とである。また、推論主体から見ても、注目している状況の区切りが明確にな ることにより、有効な時間情報だけを推論に用いることができる。時間の表現 として状況を用いるのは以下の理由からである。まず第1に時間情報をインフォ ンから切り離すことによって、インフォンの時間的側面について普遍的な性質 を記述することができることがある。第2に時間的実体(時区間・時点)として 状況間の関係によって時間関係を表現でき、一方、インフォンの集合としての 状況の見方もできる。また、他の種類の状況との間の制約も表現が一様なため に効率良く記述することができることである。
本研究においては、以上のような状況の形式化をもとに、推論システムの実装 を行なった。推論主体に対する考察から、状況を対象領域と推論領域に分割す る。対象領域については状況グラフ上の制約解消による動的な状況の決定方式 を定義する。また,推論領域に対しては推論主体における状況の強さから制約 の優先関係を決定し、その関係に基づいて、制約の矛盾を解消する推論方式を 採用する。これは論駁推論を状況モデルに適用した形式になっている。本シス テムは、データベースとして、インフォンとルール、状況の記述とその間のサ ポートマップを持つ。また、導出機構を推論を行なう過程で動的に状況を決定 する制約解消器を持つように拡張した推論機構を持っている。最後に、このシ ステムは、法的領域において複雑な時間関係を持つ事例を記述し、このシステ ムが実際の事例の上の推論においてうまく機能することを示した。