2. アメリカ
1997年2月に設置された大統領情報技術諮問委員会(PITAC)は、以降情報技術政策のビジョン策定を行ってきた。1998年8月には、その中間報告が発表された。この中間報告を受けた形で1999年1月に「21世紀に向けた情報技術:IT2」という題名の報告書が提出された。この報告書によれば、「2000年度大統領予算教書において、クリントン=ゴア政権は、情報技術研究投資の大幅な強化を表明している」とある。特にHPCC計画とは別枠予算として366百万ドルを投じた連邦政府の情報技術研究における新計画は、IT2と呼ばれている。1999年2月には、IT2のドラフトをまとめた。このドラフトでは、下記の3つの重点項目が提言されている。
(IT2-1)長期的な情報技術研究 |
IT2に参加する機関は、全米科学財団(NSF)、国防総省(DOD)、エネルギー省(DOE)、航空宇宙局(NASA)、国立衛生研究所(NIH)、国立海洋大気管理局(NOAA)である。なお、DODは高等研究計画局(DARPA)を含んでいる。
これらの機関に対する2000年度予算案は図表2-1の通りである。
機関名 | 重点項目 | 合計 | ||
(IT2-1) | (IT2-2) | (IT2-3) | ||
DOD | 100 | − | − | 100 |
DOE | 6 | 62 | 2 | 70 |
NASA | 18 | 19 | 1 | 38 |
NIH | 2 | 2 | 2 | 6 |
NOAA | 2 | 4 | − | 6 |
NSF | 100 | 36 | 10 | 146 |
合計 | 228 | 123 | 15 | 366 |
なお、PITACの最終報告は、1999年2月24日に行われている。この最終報告では、様々な角度からHPCC計画を分析し提言を行っているが、そのうち、情報化政策に係る科学技術研究プロジェクトの体制の提言を下記に示す。
|
1999年に2000年度版ブルーブックが公表された(web上の公開は1999年5月)。タイトルは、「次の1000年に向けた情報技術フロンティア」とある。CIC計画は、99年版ブルーブックから、HPCC
R&D計画と名称が変更されている。これはプロジェクトとは別組織であった連邦ネットワーク会議(FNC)をプロジェクトと並列な組織とし、名称を連邦情報サービス・アプリケーション会議(FISAC:Federal
Information Services and Applications Council)と組織変更を行ったことによるものと思われる。
HPCC計画が開始されてから現在までの予算推移を図表2-2に示す。
会計年度 | 参加機関数 | 予算 | 計画当初から 参加の8機関 が占める予算 |
備考 |
FY 91 | 8 | 489.4 | 489.4 | |
FY 92 | 8 | 655 | 655 | |
FY 93 | 8 | 795 | 783 | |
FY 94 | 10 | 938 | 925 | HPCC計画にIITA※が追加 NSAが参加 |
FY 95 | 10 | 1129 | 1019 | AHCPR、VAが参加 |
FY 96 | 12 | 1043 | 949 | HPCC計画からCIC計画へ |
FY 97 | 12 | 1009 | 931 | |
FY 98 | 12 | 1074 | 998 | |
FY 99 | 10 | 795 | 764 | CIC計画からHPCC R&D計画へ VAとEDが不参加 |
FY 2000 | 10 | 911 | 830 |
また、1999年度と2000年度のHPCC R&D計画予算を、ほぼ予算の全てを占める3つのプログラム・コンポーネント分野にまとめたものを次表に示す。なお1999年度のHCSはその年度の大統領府の予算に含まれたため、1998年度の予算を用いている。
図表2-3 1999−2000年度HPCC計画一覧(単位:百万ドル)
2000年2月には、米国の2001年度予算案が発表され、その中で情報技術研究開発計画が示されている。
予算案の中でクリントン大統領は、1999年から起こした21世紀基礎研究ファンド(21st Century Research Fund)を強調しており、その要求額は428億9,500万ドルになっている。これは研究開発費予算全体(853億3,300万ドル)の50%であり、非軍事研究としては過去最大の前年比増額(29億ドル)要求となっている。このファンドの狙いは、NIH、NSF、DOEでの基礎研究を中心に、コンピュータ、通信、エネルギー、環境等分野で、基礎と応用の相互に関連する領域の研究開発を組み合わせて、成果を増幅するようなバランスの取れた資源の投資を行うことである。
この21世紀基礎研究ファンドをベースに、科学技術イニシアティブが構成されている。主な特徴は、@基礎研究の強化と連邦政府研究ポートフォリオのバランス、A大学ベースの基礎研究の強化、BNSTCによるマルチエージェンシ研究イニシアティブの推進である。このBで強調されているのが、新たに加わったナノテクノロジー、バイオベースのクリーンエネルギーとともに情報技術への支援増加である。
この情報技術については、過去10年間にわたって実施されてきたHPCC計画(NGIを含む)と、2000年度予算から盛り込まれたIT2計画を合併して、情報技術研究開発(Information
Technology Research and Development)という新しい計画名称になっている。これはHPCC計画とIT2計画の差異についての理解・認識に混乱があったことを是正するためと国家経済会議の上級スタッフは述べている。この計画ではIT2計画に8億2,300万ドル、NGIに8,900万ドルを含む総額で23億1,500万ドル(35%増)の予算を要求している。特にIT2計画の額は対前年比で166%の増額となっており、科学技術イニシアティブの中でも、二番目の伸び率である。
予算項目 | FY1999 | FY2000 | FY2001 | 増分(%) |
情報技術研究開発(IT R&D) 情報技術イニシアティブ(IT2) 次世代インターネット(NGI) |
1,301 − 105 |
1,721 309 86 |
2,315 823 89 |
35 166 3 |
ナノテクノロジー研究 | 247 | 270 | 495 | 83 |
クリーンエネルギー(生物ベース製品とバイオエネルギー) | 195 | 196 | 289 | 47 |
重要インフラ防衛研究開発 | 450 | 461 | 606 | 31 |
大量破壊兵器配備研究開発 | 320 | 473 | 501 | 6 |
省庁連携教育研究イニシアティブ | 30 | 38 | 50 | 32 |
気候変動技術イニシアティブ | 1,021 | 1,099 | 1,432 | 30 |
新世代乗用車パートナーシップ | 235 | 226 | 255 | 13 |
エコシステム課題のための総合科学 | 630 | 657 | 747 | 14 |
地球規模変化の研究計画 | 1,657 | 1,701 | 1,740 | 2 |
合 計 | 6,086 | 6,842 | 8,430 | 23 |
IT R&Dの政府機関別の予算額内訳を下表に示す。NSFやDODの増額が目立つ。
政府機関 | FY2000 | FY2001 | 増分(%) |
DOC(NOAA,NIST) | 36 | 44 | 22 |
DOD(DARPA,NSA,URI) | 282 | 397 | 41 |
DOE | 517 | 667 | 29 |
EPA | 4 | 4 | 0 |
DHHS(NIH,AHRQ) | 191 | 233 | 22 |
NASA | 174 | 230 | 32 |
NSF | 517 | 740 | 43 |
合計 | 1,721 | 2,315 | 35 |
IT R&Dの2001年度の重点分野としては、以下の11テーマがあがっている。
@ 最先端コンピューティング開発チーム
A 最先端コンピュータモデリングとシミュレーション用インフラ(NSF)
B より信頼性の高いソフトウェア
C データの格納、管理、保存(NASA)
Dインテリジェントマシンとロボットネットワーク(NASA)
E ユビキタスコンピューティングと無線ネットワーク(DARPA、NSF)
F 情報のセキュリティとプライバシーの管理・保証(DOD、NIST)
G 未来世代コンピュータ
H 広帯域光ネットワーク(DARPA)
I 社会、経済、労働力への情報技術の関わり合い(NSF)
J 新世代研究者の教育と訓練(NSF、DOE、NIH)
これらの今後の計画の中では、NSFによるITR(Information Technology Research)イニシアティブが注目される。ITの基礎的・長期的研究を助成するものであるが、2000年度1億2,600万ドルの予算実績に対し、2001年度は160%増の3億2,700万ドルを要求している。
2001年度予算教書とは別に、IT2計画の強化継続策として、5年間というスパンで計画的に情報技術分野への政府支援を行うことを目的とした「ネットワーキング及び情報技術研究開発法(NITRD法:Networking
and Information Technology Research and Development Act)案が、第106議会下院本会議に上程され、2000年2月15日下院を通過し上院に送付された。
この法案は下院科学委員会が提案したもので、1991年のHPC法を修正し、NSF、NASA、DOE、NIST、NOAA、EPA、NIHの研究開発支出を2000年度から2004年度までの5年間についてあらかじめ認可しようというものである。この法案の内容は次のようなものである。
|
(注1) | 情報技術研究センター:6人以上の研究者が共同で行う大規模で長期的な研究プロジェクトを指し、1件当り500万ドルまでのグラントが与えられる。 |
(注2) | 大規模研究設備:IT2で言う高度コンピューティングのためのテラフロップス級のスーパーコンピュータの研究と調達に対応するもの。 |
下院で承認された予算認可案を次表に示す。
FY2000 | FY2001 | FY2002 | FY2003 | FY2004 | ||
SPACE | NSF | 580 | 699.3 | 728.15 | 801.55 | 838.5 |
研究設備(注1) | 70 | 70 | 80 | 80 | 85 | |
NASA | 164.4 | 201 | 208 | 224 | 231 | |
DOE | 60 | 54.3 | 56.15 | 65.55 | 67.5 | |
NIST | 9 | 9.5 | 10.5 | 16 | 17 | |
NOAA | 13.5 | 13.9 | 14.3 | 14.8 | 15.2 | |
EPA | 4.2 | 4.3 | 4.5 | 4.6 | 4.7 | |
NIH | 223 | 233 | 242 | 250 | 250 | |
HPCC(注2) | 1,124.1 | 1,285.3 | 1,343.6 | 1,456.5 | 1,508.9 | |
DOE | 25 | 15 | 15 | − | − | |
NSF | 25 | 25 | 25 | − | − | |
NIH | 7.5 | 0 | 0 | − | − | |
NASA | 7.5 | 10 | 10 | − | − | |
NIST | 7.5 | 5.5 | 5.5 | − | − | |
NGI(注3) | 72.5 | 55.5 | 55.5 | − | − | |
NITRD計 | 1,196.6 | 1,340.8 | 1,399.1 | 1,456.5 | 1,508.9 |
(注1) | テラスケールコンピューティング実現のための研究設備開発助成金 |
(注2) | HPC法1991への修正値(2000~2004年度追加) |
(注3) | NGIR法1998への修正値(2001,2002年度追加) |
なおNIHについては、HPC法の205Aセクションとして今回新たに追加されたもので、バイオ医療及び行動科学研究での計算技術とソフトウェアツールの進歩と応用拡大が目的となっている。
一方上院では、NITRD法案と、国防以外の連邦政府全体の研究開発費を一括して大幅に増大させようとする「連邦投資法案」を組み合わせた「連邦研究投資法案・次世代インターネット2000法案」(S.2046)が、ウィリアム・フリスト議員によって提出された。連邦研究投資法案の部分においては、非国防予算支出を連邦裁量予算の6.8%から10%(約800億ドル程度)に引き上げていくという意欲的な目標が掲げられている。