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1. 総論

1.3 まとめ

 各国のIT政策は、国の繁栄を左右する条件としてIT及びR&Dの重要性が高まっているという認識に基づいている。この点は、各国政府のIT政策の背景として言及されており、かつ多くの機関の研究レポートで指摘されている(例えば、OECD,2000)。
 各国のITに対する取り組みと社会経済の構造・成果との関連を見ると、次のようなパターンが仮説として指摘できる。

1) IT産業の国際産業力を高め経済成果に繋げるパターン
 代表的な国として、アメリカ、アイルランド、イスラエル、インド、フィンランド等があげられる。
 アメリカはIT産業の位置づけは高く、アメリカ系企業がグローバル市場で成功を納めているものの、国のIT関連産業の貿易収支は赤字である。これは、国内の全産業における活発なIT投資によるものであり、その意味で下記のパターンの性格を併せ持つ。

2) IT活用による生産性向上を通した経済発展
 代表的な国として、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドといった北欧諸国、及びアメリカが相当する。

図表1-1 IT研究開発と経済成果への展開フレームワーク

 ここで、タイプ2の成功度を評価するメジャーとしては、経済成長を直接規定する多要素生産性(MFP)が挙げられる。ITの利用進度(PC普及率の変化)とMFPの変化率との関係を90年代の各国の状況について対比してみると相関が認められる(下図)。PC普及率の変化が高いアメリカ、スウェーデン、オーストラリアは、MFPの向上度も高くなっている。これに対して、日本は、PCの普及速度は鈍く、MFPは悪化している。

図表1-2 IT利用進度(PC普及率)の変化と多要素生産性の変化

(資料:モTechnology, Innovation , ICT and Economic Performanceモ, Nezu,Risaburo, OECD DSTI, 2001)

 わが国は研究開発投資レベルは高いものの、研究開発成果の蓄積や、その結果としての産業の生産性の向上、IT産業の競争力の面で世界のトップから大きく水をあけられている状況にある。その結果として、バブル崩壊以降の不況から脱することができない。
 研究開発投資を経済成果に繋げるためには、研究開発投資の多寡や研究開発内容自体も重要であるが、とりまく諸条件の整備が不可欠である。以降では、情報社会指標を高め、情報革命の中で世界的に競争力を高めている国の共通的特徴から、IT政策・研究成果を経済成果へ繋ぐためのキーファクタをまとめる。

情報化が21世紀の国の戦略課題であることの認識
 調査した国は、いずれも情報技術が社会、経済に多大な影響を与え、経済活動を効率化し、国民生活を豊かにする上で情報化が極めて重要な要素であることを指摘している。また、情報通信産業を、それを実現するため、経済発展のための戦略産業として位置づけ、国際競争力の強化・育成を図ろうとしている。
 また、このような認識の背景として、工業経済から情報経済へのシフトが進んでいること、その中で情報や知識の付加価値が高まることを理解し、産業界等関係者に対する啓発を進めている。

国のトップレベル組織による強力なリーダーシップ
 情報化に係るイニシアティブ、プログラムを、国の元首直轄の組織として統括し、強力なリーダーシップをもって実施している場合が多い。アメリカのクリントン=ゴアや、マレーシアのマハティールのように、国家元首自身がリーダーシップを発揮し、情報化プログラムを推進している場合もある。また、それ以外の国においても、省庁の壁を超えた横断委員会を設置し、国家レベルの重要課題として情報化プログラムを推進している。わが国を始め、近年では国家レベルでの情報戦略機関を設ける場合が増えている。中国でも朱鎔基首相が責任者となった「国家情報化指導グループ」が設置され、情報政策を展開している。重要な点は組織の設置ではなく、戦略・政策や実際のプロジェクトの統合力・調整力にある。
 省庁レベルでも、情報と通信・放送の技術的・サービス的融合を踏まえ、ここ数年間で情報産業と電気通信産業の主管官庁を統合した国が多い。

国の役割と民間部門との連携、基礎研究と商用化の連係
 国と民間部門との連携も重要な側面である。調査した国の情報化ビジョン・政策では、国の役割として次の点がカバーされていた。

  • 情報社会のための高速・大容量通信ネットワークの整備
  • 情報通信・放送等ディジタル化に伴う関連業界の規制緩和と競争の促進
  • 情報社会に必要となる法体系(知的財産権、プライバシー保護、決済等)の整備
  • 電子商取引等新たなアプリケーション構築に必要な技術開発の支援(助成等)
  • イノベーションと公正競争、そしてリスク回避のための規格・技術標準の調整
  • 電子商取引等新たなアプリケーション立ち上げのためのパイロットプロジェクトの推進
  • 情報通信産業を育成するためのベンチャー企業の支援(税制支援、助成等)

 一方、民間企業は、パイロットプロジェクトへの参画、研究開発をとおした商品化・商用化、起業等によって貢献することになる。商品化や起業化に関して国がどこまでコミットできるかについては議論が分かれる。

他国、他地域との連携
 情報社会においては、いろいろな面でグローバル化が進展する。したがって、各国の情報化ビジョン、政策も地球規模の視野を有している。規格・技術標準や取引ルールに関しては、国際標準化機構(ISO)、世界貿易機関(WTO)、世界知的所有権機関(WIPO)といった国際機関との調整が必要であり、また業界におけるワールドクラスのリーダー企業を無視することはできない。また、自国の産業競争力を高めるためには、国際的な分業とアライアンスという観点から自国産業のポジショニングをする必要がある。さらに、技術、資金の国際調達が必要であれば、それに適した優遇税制等の環境づくりが必要である。調査対象国では、他国、他地域との連携範囲は異なるが、いずれも地球規模での情報社会の進展を見通している。

人的リソースの整備と教育の重視
 情報技術を開発し、活用していくのは人間自身である。その意味で、研究面、開発面、利用面に係る人材の育成を重要視しなければならない。調査した国においては、アメリカを始め各国で、教育における情報化プログラムの拡充が行われていた。また、オーストラリアでは中国等アジア諸国からの情報技術者の受け入れを支援し、マレーシア、韓国では海外企業の誘致を奨励している。
 さらに、研究・政策実行で中核となる人材の強化も必要であり、技術の本質と商業化の見通しを総合的に判断できる人材、プログラム/プロジェクトのマネジメントができる人材の育成・増強を図ることが重要である。

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