1. 総論
本節では、次章以降に掲げた各国のIT政策・研究開発の経緯と現状の中から、最近の動向・トピックスを示す。
アメリカは、戦後常に世界経済をリードし続けてきた。特に、1990年代以降は日本、欧州等の他の先進国経済が停滞する中で、唯一高い経済成長を維持してきた。その背景として、80年代のレーガン政権時代に始まるプロパテント政策、科学技術政策や、90年代のクリントン=ゴア政権における一連のIT政策によって産業競争力の強化を推し進めてきたことが指摘できる。
1992年、クリントン=ゴア政権が誕生すると、レーガン政権時代からの産業競争力強化政策を継承すると同時に、ゴア副大統領をまとめ役として一連の科学技術政策を打ち出した。就任直後の1993年2月にはNIIイニシアティブを発表した。NIIは、それ自体で完結する構想ではなく、経済や社会の発展に寄与するための礎として、科学者や技術者のためだけでなくすべてのアメリカ国民に対して、情報基盤整備の必要性とその有効性を示したものである。
ITの研究開発については、ゴア前副大統領が1989年に議会に提出した全米高性能コンピュータ技術法案が源流となっている。91年には、それを受け継いだ高性能コンピューティング法(HPC法;
High Performance Computing Act of 1991)が制定され、その後実行計画として、HPCC計画が推進されてきた。2001年度予算では、過去10年間にわたって実施されてきたHPCC計画(NGIを含む)と、2000年度予算から盛り込まれたIT2計画を合併して、情報技術研究開発(Information
Technology Research and Development)という新しい計画名称になった。
今後の計画の中では、NSFによるITR(Information Technology Research)イニシアティブが注目される。ITの基礎的・長期的研究を助成するものであるが、2000年度12,600万ドルの予算実績に対し、2001年度は160%増の32,700万ドルの要求を行った。
直近のプロジェクトも着実に成果が出始めている。NGIに関しては、テストベッドは当初計画を上回る勢いでサイトが接続されている。NGIアプリケーションについては、NGIの特徴である高速ネットワーク、QoSを必要とするアプリケーションは少ないものの、100以上のアプリケーションが開発されつつある。NGI研究の成果として技術移転も活発であり、10を超えるスタートアップ企業が誕生している様子である。
クリントン=ゴア時代の大きな柱であったIT政策であるが、ブッシュ政権に変わり、IT政策は変化する様子である。これまでのIT研究開発の枠組みを継続しつつも、目新しいIT政策はなかった。しかし、2001年9月11日のニューヨークでのテロ以降は、サイバースペースにおけるセキュリティ対策を推進し始めている。10月には、ブッシュ大統領が「情報化時代における重要インフラ保護」という声明を発表し、インフラ保護強化のための体制整備を行った。また、政府の情報ネットワークのセキュリティ向上を目的としたGOVNETの構築が発表された。GOVNETはインターネット・プロトコルを用いたインターネット等他のネットワークとは切り離された政府専用のネットワークである。業界各社に情報請求した上で、仕様設計が行われる予定である。
a) EU(欧州連合)
EUレベルの研究開発政策は、長年フレームワークプログラムとして実施されている。現在は、1998年に始まった第5次フレームワークプログラムが実施されている。また、次の第6次フレームワークプログラムの検討が始められている。
情報関連のプログラムとしては、ユーザフレンドリーな情報社会(IST; User-friendly information society、3,600百万ユーロ)が実施されている。この中には、市民のためのシステムとサービス(Systems
and services for the citizen)、新しい業務方法と電子商取引(New methods of work and electronic
commerce)、マルチメディア関連(Multimedia content and tools)、重要技術とインフラ基盤(Essential technologies
and infrastructures)といった領域が設定されており、公募プロジェクト等をとおして展開されている。
フレームワークプログラムの発展を図り、欧州としての総合的な研究活動の統一を目標とした欧州研究領域(ERA; European Research Area)イニシアティブが2000年提唱された。EUは、加盟国の研究活動がこれまで閉鎖的で、各国の研究開発政策が必ずしも連携がとれていないという認識をしており、ERAによって欧州加盟国の研究者の協力を促進し、産業技術研究基盤の強化を図ろうとしている。
具体的なテーマとしては、各国の優れた研究機関を連携し、研究機関のネットワークを構築し、双方向通信技術を用いたバーチャル研究センターを運営する、EUの研究活動と各国の研究活動の整合性を向上させる、人材の育成とその流動性を向上させる、などを含んでいる。
2002年から開始される第6次フレームワークプログラムの計画にあたっては、ERAの実現が重要視されている。そのため、従来以上に改革や新規施策の導入が検討されている。
情報関係については、第5次フレームワークプログラムと同様に、IST(Information Society Technologies)として、3,600百万ユーロが計画されている。また、「知識基盤社会における市民とガバナンス」として、225百万ユーロが充てられている。ERA関連(Structuring
the ERA)では合計2,655百万ユーロが予定されている。
2000年には、ヨーロッパが最も競争力を持ちダイナミックな経済を実現するため、よりITを活用することを目的としたIT政策としてアクションプラン「eEurope
2002」が欧州委員会から打ち出された。eEurope 2002の目標を実現するために、11のアクションプランが設定されている。
@ より安く、より速いインターネットへのアクセス
競争(特に地域ネットワーク間の競争)とベンチマーキングを促して、インターネットアクセス料金を切り下げる。
A 研究者と学生に対するより高速なインターネットの提供
欧州委員会はすでに全欧州を貫くネットワークの容量を上げるために投資したが、各研究機関間のネットワークについて一層の改善、拡大と加速が求められる。
B 安全なネットワークとスマートカード
セキュリティを高めるため、eEurope はインターネットセキュリティソリューションの開発とサイバー・クレームに対抗するための協力を推進する。同時に、セキュリティスマートカードや、他のセキュリティソリューションの利用を推奨していく。
C ヨーロッパの若者をディジタル世代へ
教師のインターネットスキルを高め、学校のカリキュラムを改訂し、すべての学生に生活や仕事に必要なディジタルスキルを身につける機会を与える。
D 知識基盤経済の中の仕事
教育機関におけるコンピュータやインターネットの教育と職場でのトレーニングを一層強化することが必要である。テレワークやパートタイムワークを推し進めていく。そのために、公共の場でのインターネットアクセスを可能にする。
E 知識基盤経済への全員参加
EU各国は障害者と高齢者がインターネットからの情報やサービスを利用できるように、統一的な技術標準の開発や法制度の整備に尽力する。
F 電子商取引の加速
中小企業を含めあらゆる事業者にとって、電子商取引は重要な経営手法となりえる。それを実現するには、著作権、ネットマーケティング、電子マネー等に係る法規の整備が不可欠である。加えて、政府部門のネット調達を通して、中小企業のディジタル化を促進する。
G 電子政府:インターネットによる公共サービスへのアクセス
EU各国政府は公的機関でのインターネットの普及を目指すことによって、公共機関の改革、サービス向上、効率化とコスト低減、情報公開等を図っていく。
H 保健と医療
保健と医療のウェブサイトの品質標準を明確にし、新たな法規制の導入とセキュリティの強化によって、このような技術革新による解決方法の信頼を高める。
I ヨーロッパのグローバルネットワークコンテンツ
EU各国は異なる文化と言語のコンテンツを開発することに優れている。これをベースにして、ヨーロッパディジタルコンテンツの開発と利用を促進するプログラムをスタートする。
J 高速な処理能力を持つ交通システム
ヨーロッパの交通部門は交通の混雑や輸送能力の不足などいくつかの問題を抱えている。
eEuropeのアクションプランでは、Single European Sky (非常時のロケーション情報システム)を含む、高度な処理能力を持つ道路交通システムを開発する等が計画されている。
2001年6月には、中東欧のEU加盟候補国の情報化と経済改革を視野に入れたeEurope+2003アクションプランが発表された。大枠はeEurope 2002と同じであるが、情報社会に向けての基盤整備、環境保護の重要性が加味されている。
b) イギリス
イギリスでは、1994年に「未来の情報スーパーハイウェイの構築」が発表され、96年には「情報社会イニシアティブ」によって、ITに関連するプログラムの推進が開始された。
1997年5月に、首相がメージャーからブレアに変わった。ブレア政権は、情報社会イニシアティブを継承しつつも、98年5月に新たに「我々の時代の情報時代、政府ビジョン」を発表した。
これを受け、98年12月の「競争力白書」の中では、イギリスを2002年までに電子商取引のための世界最高の環境を有する国にすること、中小企業をITの利用に関してG7の中で最高レベルに引き上げること、等の目標を示した。電子商取引に関しては、99年9月に発表されたe-commerce@its.best.ukの中に60のアクションプランが盛り込まれた。
現在は、2000年9月に発表された「UKオンライン」構想に基づき、電子商取引の推進、インターネット利用の普及、中小企業のIT化、行政のオンライン化、産業競争力(IT産業、エレクトロニクス産業、通信産業、コンテンツ産業)の強化に関する各種施策が展開されている。
c) フランス
フランス政府は、1994年にフランス・テレコムの元総裁ジュラルド・テリー氏にIT政策に関する検討を依頼し、「フランスにおける情報ハイウェイ・サービス」レポートが提出された。このレポートでは、光ファイバの建設と大規模な投資とサービスに関して国のコミットメントを求めた。これを受け、情報ハイウェイに関する635の実験プロジェクトが検討され、このうち244件が採用された。244件のテーマは多岐にわたっており、インフラストラクチャ(プラットフォーム)の開発、遠隔教育、テレサービス、EDIアプリケーション、オーディオビジュアル、医療等を含んでいる。
しかし、フランスにおける情報化の進展は他の欧州先進諸国に比べ遅れていた。IT政策が積極的に展開され始めたのはジョスパン首相になった97年以降である。97年8月には、スピーチの中で、IT国家戦略に関して「野心的なアクションプラン」を提唱し、98年1月に、「情報社会のための政府アクションプログラム(PAGSI)」を発表した。アクションプログラムには、政府の役割として、触媒としての役割(企業や国民に情報社会の重要性を伝える)、規制機関としての役割(情報社会におけるルールを確立し、実施する)、主要なプレーヤーとしての役割(公共サービスと国民の間の関係を一新し、サービス提供のやり方を最新のものにする)の3つが掲げられている。また、アクションプログラムの優先分野としては、教育の情報化、文化資産の情報化、行政の情報化、企業情報化と電子商取引、技術革新と研究開発の促進、法制度の整備の6つが設定された。そして、これを具体化した「省庁別アクションプログラム(PAMSI)」が作成された。
これらの進捗を評価し、各活動の調整を図る組織として情報社会省庁間委員会が組織化された。首相が議長を務め、関係大臣から成るこの委員会がフランスにおけるIT政策の最上位の統括機関になっている。
2000年7月に開催された第3回省庁間委員会においては、これまで3年間に7億6,000万ユーロを投じたPAGSIの評価が行われた。教育分野に関しては、高校100%、中学校65%というインターネット接続率を達成しており、これは欧州の中でもトップレベルにある。行政の情報化では、政府・行政サービス機関の情報機器普及率が向上し、インターネット対応も進んでいる。政府内のイントラネット(ADER)も開始された。
これらの評価を受けて、2000年以降のPAGSIの重点施策も発表された。特に、ディジタルデバイドの解消が大きなテーマとして掲げられており、今後3年間に46,000万ユーロを投じる。インターネットアクセスのための環境整備(公的スペースでのアクセス設備)、マルチメディア・トレーナーの雇用、全生徒向け「インターネット&マルチメディア免状」制度の導入、失業者に対するトレーニングの実施等が計画されている。また、研究開発分野にも3年間で1億5300万ユーロの予算を充てている。インターネット研究所の設置、国立情報処理・自動化研究所の研究者の増強、国立科学研究センター内のIT部門の設置、大学のITプログラムの強化とインターネット研究者の育成、研究/教育用ネットワークの高速化等が計画されている。
IT研究の重点分野としては、セキュリティ、ソフトウェアとテクノロジー、知的環境、知的輸送、住宅オートメーション、身体障害者のためのテクノロジー、フリーソフトウェア、オンライン教育/教材、医療のオンライン化、マルチメディアが取り上げられている。
d) ドイツ
ドイツ政府は1996年2月に、ドイツが情報社会への転換により競争的立場を維持していくための計画Info2000を発表した。
その後、98年のシュレーダー首相に変わり、新たなIT国家戦略とアクションプランが検討され、99年9月には「21世紀の情報社会におけるイノベーションと雇用」が発表された。電子商取引などのインターネットの利用促進とそのための法制度の整備、ITイノベーションの促進、国民へのインターネットの普及、教育の情報化、人材育成、行政の情報化、ITインフラ整備等の計画が掲げられた。
さらに、2000年9月に発表されたモInternet for Allモの中で、情報社会に向けての10ステップが提示された。10ステップとは、インターネット技術教育の組み入れ、学校・教育機関へのパソコンの提供、失業者へのインターネット教育、通信料金低下のための電気通信事業者間競争の促進、インターネット利用促進のための非課税措置、電子政府「連邦オンライン2005」、電子商取引の促進、インターネット・セキュリティ環境整備、産業界の責任強化(自主規制)、.de(deutschland
erneuern; ドイツを刷新する)キャンペーンからなる。
e) スウェーデン
欧州の中でも、北欧諸国はITの活用が活発である。スウェーデンは、1994年IT委員会を発足し、同年委員会は教育、法律、公的部門管理、医療・保健、通信、産業・商業、IT等主要7分野の先進情報国へ向けたビジョンを公表した。その後、スウェーデン社会の情報化を促進し続けてきた。1995年新しいIT委員会が設立され、政府に対してのIT戦略の助言、IT知識の普及、将来のトレンドの調査などが任務に追加された。
急速なIT技術の発展や国際競争の激化に立ち遅れないように、スウェーデンは1996年から新IT政策の作成に着手した。新政策においては、ITに対する信頼性とIT利用のセキュリティが重要な課題であり、新たな法律や対策が要求されている。
新IT政策では、ITは社会の色々な分野に関わり、産業社会の情報化、福祉の向上、民主化の強化をもたらすことから、ITへの投資は設備などのハードウェアに加え、ITに関するさまざまな利用者や人材にも投資すべきであるとしている。個人のIT利用能力やノウハウは学校の教育、職場の教育訓練とITの利用を通じて強化し、スウェーデンが情報化先進国の地位を保つため、より多くのIT専門家を養成し、獲得することを目指している。ノウハウを得た人々が気楽に、信頼できかつ高速処理能力を持つシステムに経済的にアクセスすることができれば、スウェーデンは膨大な高品質の情報社会となる。IT政策は基本的に技術的な政策よりも民主主義の政策であり、国民の一人一人がITから恩恵を受けることを重要視している。アプローチとしては、
といった点が掲げられている。
f) フィンランド
フィンランドは、IT産業育成と情報社会の構築の面で、近年最も成功した国のひとつといえる。IDCとWorld Timesが発表している2001年情報社会指数(ISI)では、スウェーデン、ノルウェーについで3位にランクされている。IT産業を核にした国際競争力の評価も高く、世界経済フォーラムとハーバード大学(国際開発センター&戦略競争力研究所)による成長競争力指数(Global
Current Competitiveness Index 2001[1])では1位となっている。
フィンランドは、金融市場の自由化を実施したが、その結果としてバブル経済を誘発し、90年初頭にそれが崩壊した。また、最大の輸出先であるソビエト連邦の崩壊で輸出額の大幅なダウンを招いたことも加わり、深刻な経済不況に陥った。フィンランドはこれを機に、ハイテク産業立国への転換を図り、さまざまな政策を展開した。特に、ITの研究開発と高等教育への積極的投資、事業化のための産学連携体制の整備によって90年代半ばには経済成長率が改善された。94〜99年の成長率はEU圏内で第2位であった。
その中で、ITの研究開発と産学連携による事業化においては、経済産業省傘下のフィンランド科技庁(TEKES)の果してきた役割が大きい。90年代以降、政府は大学への研究開発投資を削減する一方、TEKESを通した産学協同プロジェクトの予算を増額させていった。TEKESのミッションは、
である。これらを推進するために、首都ヘルシンキの本部に加え、国内14箇所に地方技術局、海外にも、ブリュッセル、ボストン、サンホセ、東京に支局を設置している。職員には企業からの転職者も多く、研究経験・技術的知識を有したプログラムマネジャーの役割を担っているともいえる。
a) シンガポール
シンガポール政府は、古くから情報技術を比較優位を持てる分野に育成するために、長期的な戦略的投資を行っている。政府は、情報化国家をビジョンとして掲げた「IT2000」を1991年に作成し、その実現を加速するため、1996年にはシンガポール・ワン計画が策定された。これは、シンガポール全土に広帯域の通信インフラを整備し、対話型マルチメディアのアプリケーションとサービスを家庭、学校、オフィスに提供しようというものである。シンガポール・ワンは着実にシンガポールの情報通信インフラの向上に貢献してきた。以下はシンガポールが受けた評価である。
◆ | 最初の知的都市賞(Intelligent City Award)(1999年9月, 世界テレポート協会) |
◆ | シンガポール e-市民センター(Singapore Government e-Citizen Center)がベストパブリックデリバリープラットホームと評価された(1999年, US Federal Government's Survey on Integrated Services Delivery) |
◆ | 公的部門のIT利用を促進する卓越した業績に対するIT賞(2000年6月, WITSA; World Information Technology and Services Alliance) |
◆ | アジア首位、先進電子商取引インフラ(IMD, World Competitiveness Yearbook 2000) |
◆ | アジア首位、世界8位の電子商取引展開(2000年, Economist Intelligence Unit) |
◆ | シンガポールへの外国人技術者の入国移民政策は世界で最もオープンである(IMD, World Competitiveness Yearbook 2000) |
シンガポール・ワンに関しては問題も指摘されている。シンガポール・ワンはバックボーンにATMを用いたマルチメディアサービスネットワークであるが、今日ではブロードバンド化したインターネットに対して優位性がなくなってきた。むしろ、コンテンツが少ない、インターネット接続が遅い等が指摘されている。その意味から、今後は、政策としてのインフラ整備と民間によるサービス事業開発の連携がより重要となる。
1999年には、IT2000の次の国家計画策定に着手し始め、2000年末にInfocomm 21(Information and Communication
Technology 21)が発表された。Infocomm 21は、IT2000を引き継ぐシンガポールのニューエコノミーにおける情報通信の5年戦略計画である。Infocomm
21は柔軟性のないマスタープランではなく、技術、ビジネス環境と社会の変化につれて、更新されていく産業戦略のフレームワークと指針である。
知識基盤経済の到来に向けて、シンガポールは技術開発と産業のイノベーションを促進するための施策「テクノプレナーシップ21プログラム」を創設した。特に、10年以内に世界で競争できるハイテク企業セクターをシンガポールに育成することを目的としている。教育(ハイテク企業家精神を喚起するための教育現場における革新と創造の導入)、インフラ整備(ハイテク企業を誘致できるサイエンスハブの建設)、規制緩和(企業のための法制度整備・規制緩和)、資金提供(テクノプレナーシップ基金の創設、ベンチャーキャピタルの誘致)を国として支援していく。
b) マレーシア
マレーシアもシンガポールと同様に、情報産業を国の戦略的産業として位置付けている。マハティール首相は、1991年に行った講演の中で、2020年までに同国を先進国にするという国家目標Vision
2020を打ち出した。今後30年間にわたり年平均7%の経済成長を実現させ、GDP9倍増、所得4倍増を達成するというものである。その一環として、情報通信産業を戦略的に育成することを推進しており、それを実現するための開発計画がMultimedia
Super Corridor(MSC)である。
MSC計画の中で重要な事業がフラグシップアプリケーションと呼ばれる応用開発である。大きく2つに分けられ、1つは政府が主導し、公共セクター、国民が活用する「マルチメディア開発」である。もう一方は民間企業の活力を利用し、民間企業の活性化を図っていく領域である「マルチメディア環境」である。マルチメディア開発フラグシップアプリケーションとして、電子政府(首相官邸)、多目的カード(Bank
Negara)、スマートスクール(教育省)、遠隔医療(厚生省)が取り組まれており、マルチメディア環境フラグシップアプリケーションとして、研究開発クラスター(科学技術環境省)、ワールドワイド製造ウェブ(通商産業省)、ボーダレス・マーケティング・センター(MDC;
Multimedia Development Corporation)が取り組まれている。これらの中で、電子政府、多目的スマートカード、遠隔医療、スマートスクールの4プロジェクトについては、入札に基づき受託業者が決定された。
情報通信企業を誘致するサイバージャヤは、当初の予定より半年遅れ1999年7月にオープンした。プトラジャヤには首相府が入居し、サイバージャヤでは、プロジェクトの中核事業体であるMDC社等の主要企業が事業を開始している。しかし、進出予定の企業の中にも、インフラ整備状況を見極めている企業も多い様子である。
MSCで活動する企業に対して、申請に基づきMSCステータスが与えられる。申請書に基づき、審査委員会による審査が行われる。MSCステータスが与えられた企業には、最大100%の免税、マルチメディア機器の課税控除、外資規制撤廃、外国人雇用の自由化等の優遇措置がとられている。MSCステータスの取得企業は、2002年3月時点で、641社になっている。
MSCは、世界的な経済不況の遭遇などもあり、計画よりもかなり遅れているといわざるをえない。政府によるサポートに加え、国内外企業をひきつけていくための国のリーダーシップ堅持が求められる。
2000年、マハティール首相は、MSCの構築と並行し、知識基盤経済に対応できる産業構造の転換を促進するため、K-エコノミー構想を提案した。
2001年4月、マハティール首相は、経済総合5カ年計画「第8次マレーシア計画」(2001〜2005年)の中で、技術革新、人材開発、生産性向上を強化し、知識基盤経済「Kエコノミー」の推進に注力していくことを掲げた。これは、2001年3月に出された10カ年計画「第3次アウトライン・パースペクティブ・プラン」(2001〜2010年)を受けたものである。
c) オーストラリア
オーストラリア連邦政府のジョン・ハワード首相は、1997年末に「成長のための投資」と題する計画を発表し、その中で今後5年間に12億6,000万ドルを投入し、投資、輸出貿易、新しい高成長産業の革新などを促進していくことを表明した。
情報政策に関しては、情報経済大臣の管轄下に国家情報経済局(NOIE; National Office of the Information Economy)を設け、次の目標を掲げ推進してきた。
さらに、1999年1月には、「情報経済のための戦略フレームワーク」をリリースした。そこでは、優先課題として、
を掲げている。そして、1999年7月には第1回の進捗レポート、2000年3月には第2回目の進捗レポートを発表している。
2001年2月、ジョン・ハワード首相はオーストラリアの発展を支える政府の新アクションプラン(Backing Australia's Ability)
を発表した。情報通信(ICT; Information and Communication Technologies)は、情報経済、ニュービジネス創出、既存産業の変革と雇用拡大の原動力であり、オーストラリアの経済・社会にとって極めて重要な役割を果していることを周知した。
計画には、次の点が含まれている。総予算29億ドルを各拠点に1億2,950万ドルづつ分配して、世界クラスの情報通信拠点を設立する。各拠点(ICTセンター)は莫大なICT研究能力を持ち、国際的な研究と商業活動に対応する。また、公的部門と民間部門のR&Dをサポートするための重要な対策も新アクションプランに含まれ、研究結果としての新技術(ICTの技術革新と高度のICT適用)を商業化する能力とICTスキルの利用を高める。ICTセンターの設立は斬新な技術開発能力を強め、国有のICT部門を刺激する。新技術の他の産業への応用に関して、オーストラリアが世界の中でリードユーザとしての地位を保つ。新アクションプランでは、アイデアの形成から商業化するまでのICTプロセスにおける全ライフサイクルの連携を重視した対策も盛り込まれている。
国家情報経済局は、これまでのIT政策の評価を行っており、その結果を踏まえ、ICTセンター、電子政府等のプロジェクトを推進している。
d) インド
インドは、情報技術産業を強化し、10年のうちにインドを世界最大のソフトウェア生産国/輸出国とするための政策を展開している。まず、1998年5月、「情報技術・ソフトウェア開発タスクフォース」(National
Task Force on Information Technology & Software Development)を設置し、国家情報政策の立案に着手した。
1998年7月にタスクフォースは、「情報技術アクションプラン」(Information Technology Action Plan)を発表し、10月にはハードウェアに焦点を充てた「情報技術アクションプランパートII」を発表した。
情報技術・ソフトウェア開発タスクフォースは、情報技術アクションプランパート1の実施状況をヒアリング等によりレビューし、2000年3月にその進捗状況を発表した。それによると、108のアクションプランの内、実施済56、未実施27、実施中22、未採用3という状況であった。
計画では、2008年までにITソフトウェアとITサービスの輸出額を500億ドルにする目標を掲げているが、ITソフトウェア輸出は、1999年度40億ドル、2000年度62億ドル、2001年度78億ドルと順調に拡大している。
ソフトウェア輸出が拡大する一方、国内社会での情報化は遅々としている。その背景としては、情報通信インフラが未整備であることが指摘できる。また、ソフトウェア技術者のスキルは高いものの、一般国民の情報リテラシーは低く、ディジタルデバイドの解消が今後の課題といえる。
e) 韓国
韓国の情報化政策に関する主管官庁は1992年まで通信部と商工部に分かれていたが、同年統合され、情報通信部(MIC; Ministry of Information
and Communication)が新設された。金大中政権発足後は、情報産業がIMF体制克服のための産業効率化における「戦略産業」であると位置づけ、情報化政策を強化推進している。
1995年にスタートした韓国情報基盤イニシアティブ(KII; Korea Information Infrastructure Initiative)に基づき、翌年情報化促進基本計画が策定され、1997年には情報化促進アクションプランが明らかになった。
さらに、1999年3月、韓国情報通信部は、サイバーコリア21と題するレポートを発表した。これは21世紀では知識基盤経済へ移行するという認識の下、次の4年間で注力する3つのテーマとして、知識基盤社会のための情報基盤の強化、情報基盤を活用した国の生産性の向上、情報基盤上の新規事業の育成を掲げている。
その後、サイバーコリア21は順調に進展している模様である。インターネットの普及が急拡大しており、2001年5月時点でユーザ数は2,400万人(人口100人当り50.6人)に達している。
1998年には、アジアのシリコンバレーを目指した「メディアバレー計画」がスタートした。これは建設中のソウル新空港隣接地域に、広大な埋め立て地を造成し、先端技術を持つ国内外のIT企業を集めた情報産業工業団地を建築するものである。
メディアバレーには、政府と地方自治体の支援のもと、コンベンションセンターや人材育成機関、海外との高速通信網等が整備される。海外企業には、免税措置等多くのインセンティブが与えられる。
政府は引き続き2004年までに4兆ウォンをIT技術開発に充てる計画である。
2002年度には情報化関連22プログラムに総額1兆7300億ウォンを予算化する(建設運輸部=総合物流情報システム、国家地理情報システム、総務部=地域情報化等)。
情報通信部は、IT分野の投資規模を大幅に拡大し、迅速に実行していく方針である。2002年度は、総額12兆ウォン規模の投資を予定している。また、第4世代移動通信、光インターネット、統合型情報放送技術、次世代インターネットサーバ及び情報保護システムを重要国策テーマとして取り上げている。これらのテーマに対して、今後5年間に6,121億ウォンを投資する計画である。
韓国の情報化は一連の情報政策を梃子に、著しい発展を遂げた。特に、ブロードバンドネットワークの普及は世界のトップクラスであり、それを背景としたコンテンツビジネスも成長している。今後は、産業全体における情報化と電子商取引の推進が重点領域となる。
f) 中国
中国は、開放・改革が実を結び、経済特別区、沿岸部を中心に市場経済が発展しつつある。コンピュータ関連では、当初国産コンピュータに固執していた時期があったが、現在では、欧米日のコンピュータ、情報機器を輸入し、情報ネットワークの整備が進んでいる。
近年の代表的な情報化プロジェクトとして、93年に開始された三金プロジェクトがある。これは「金橋(国家情報通信ネットワーク)」「金関(EDI/貿易情報ネットワーク)」「金カード(クレジットカード)」を指している。その後も、「金税(徴税収管理ネットワーク)」、「金企(生産・流通ネットワーク)」等の構築プロジェクトが推進された。98年には、電子商取引を推進するための「金貿」プロジェクトが開始された。
江総書記、朱首相らの政府リーダーも情報化を重要視しており、2002年から始まる第10次五ヵ年計画での優先課題として、情報通信インフラ整備、IT技術とIT産業の発展、産業・社会における情報化の推進を取り上げている。
[1] 一人当たりGDP、IT等の科学技術水準、マクロ経済状況等から見た将来の経済成長力を評価したもので、2位アメリカ、3位カナダ、4位シンガポール、日本は21位(Global Competitiveness Report 2001-2002, World Economic Forum and Harvard University, 2001.)