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第4章 あとがき

 

本年度におけるHECCワーキンググループの調査としては、過去3年間の「ペタフロップスワーキンググループ」における調査活動の結果およびその報告書を踏まえ、新たな視点から、高性能コンピューティングに関連する情報処理技術のあるべき姿を探るように努めた。具体的には、情報技術に関する大統領諮問委員会(PITAC: President's Information Technology Advisory Committee)の提言やこれに応えて、米国政府がまとめたいわゆるBlue Books を踏まえて、わが国の立場として、これから取り組むべき分野や技術的な課題、そして各種の問題点などについて議論を行ってきた。この報告書は、それらの議論を踏まえて各委員の見解をまとめたものであり、必ずしも各委員の意見が同じ方向を向いているわけではないが、全体を包含する考え方としてはある程度のコンセンサスがあると考えている。

昨年度までの「ペタフロップスWG」でも何度か指摘されていたが、今年度の「HECC WG」での調査などを総合的に勘案して、ハイエンドの計算機およびその上で効率的な処理を実行するために次の2つの点を解決することが重要であることが、より明らかになってきていると考えられる。その1つは、プロセッサの処理速度とメモリの速度とのギャップが年々高まってきており、このギャップを埋めるためのハードウェア、アーキテクチャそれにソフトウェアなどの各レベルでの新たな技術開発が必要とされている点である。もう1つは、高性能計算を行うために必要となる並列処理および分散処理のソフトウェア技術をさらに高める必要があるという点である。前者に関しては、プロセッサアーキテクチャの観点からはProcessor In Memoryと呼ばれるプロセッサとDRAMを同じチップ上に実装することによってプロセッサ−メモリ間のスループットを改善する方式や、多数の実行スレッドを低オーバヘッドで切り替えられるアーキテクチャなどが有望視されている。同様に、ソフトウェアの観点からも、メモリ遅延を隠蔽するコンパイラ技術やマルチスレッドに対応したソフトウェア技術が求められている。すなわち、メモリ階層や並列処理におけるアクセス遅延などをうまく利用するアルゴリズムや、それらを意識したコンパイル技術の開発が重要であるということが指摘できる。これらの技術を総合的に統合するような開発計画として米国では、HTMT(Hybrid Technology Multithreaded Architecture)プロジェクトがすでに計画から実行段階に入っている。これは、超伝導デバイス、光インターコネクト、大容量ストレージ技術などに関して最新の技術を開発してペタフロップス級の計算機を開発しようとする野心的なプロジェクトであり、我が国としてこのようなプロジェクトの動向に注目する必要がある。一方、後者に関しては、まず並列計算機の実効効率を高める技術が必要である。そのためのコンパイラ技術や最適化技術、あるいは並列化のためのプログラミングツールなどの果たす重要性が高い。これらの技術開発、とくにコンパイラ技術に関しては、通産省のアドバンスト並列化コンパイラプロジェクトが計画されており、その成果が期待される。また、ネットワークの高速化およびグローバル化に伴い、広域に敷設された高速ネットワークを利用したコンピュータの集合体をインフラとして構築または利用し、あたかもひとつの巨大な計算機環境を利用しているような使い勝手を利用者に提供するグローバルコンピューティングやメタコンピューティングと呼ばれる考え方やその関連技術が提案されており、これらの技術開発を進めることによって、HECCをより身近なものにすることが可能となる。

HECC分野における技術的および産業的なポテンシャルを高めるためには、第3章の笠原委員や福井委員の指摘に見られるように、わが国におけるHECC国家戦略の必要性や応用分野の研究者と高性能計算機分野の研究者の連携が必要である。この点は、昨年度の「ペタフロップスWG」の報告書でのあとがきでも指摘したことであるが、我が国としては、独自の立場でHECC分野さらには情報処理技術全般に対する戦略を早急に立てるべき時に来ているのではないだろうか。わが国においても、省庁横断的な形で「情報通信産業技術戦略検討会」(座長、長尾真 京都大学総長)による報告書が平成12年の3月に出され、その中で情報処理に関する提言がまとめられている。米国政府に対するPITACなどの提言と比較すると、総花的で、概念的な面はあるが、このような方向性が現れたことは、大きな一歩であり、少なくてもこのような提言に沿った形でわが国のHECC技術開発を含む情報通信に関する技術開発やそれに対する予算措置などを早急に講じることが必要であると考えられる。

 

(山口喜教主査)


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