【前へ】

 

3.9 個人の可能性を広げる情報基盤
― 感性的な共同作業を支援する試み ―

 

3.9.1 個人の可能性を広げる情報基盤の技術的ニーズ

3.9.1.1 技術的ニーズ

情報化は、近年のマルチメディア技術、ネットワーク技術、インタフェース技術を含む情報技術の急速な研究開発・実用化にもかかわらず、定型的業務・電話・電子メール・ウェッブアクセス・ゲームなどの択一的な操作で十分な場面への導入にとどまっている。これは、以下のような点でヒューマンインタフェース技術が未成熟なためである。

 

  1. 万人向けの操作インタフェースを指向したため、対話方式が画一的なだけでなく、提供するサービスや情報の形態までが画一的である。
  2. 択一的な操作では不十分な、複雑な業務や用途では、利用者は高度な「コンピュータリテラシ」「ネットワークリテラシ」を持たなければならない。
  3. 知識・能力・嗜好・判断基準など、利用者の主観的な特性を十分に生かせる技術が、まだ開発段階である。

 

情報技術が社会の様々な場面に受け入れられ、広範な市場を形成するためには、次のような技術を実現する必要がある。

 

(1) 利用者の主観特性を自律的にモデル化し、適応する技術

マルチメディア情報を主観的に判断・解釈し、表現・伝達する過程を、自律的・能動的にモデル化し、また、これに適応する技術。

(2) 利用者の主観特性に合わせて情報サービスを提供する技術

一人ひとりの主観的特性に基づいて検索要求を理解し、適切な情報サービスを提供する技術(感性検索)。

(3) 知的活動を支援するための情報環境を提供する技術

定型的なビジネス向けのデスクトップメタファー(Windowsなどの2次元空間)や、やや複雑なタスク向きのルームメタファー(VRMLで作られる3次元空間) を構成する技術。また、創造的な仕事の分野では、一人ひとりの主観的特性に適応して、思考や処理の履歴を多様に提示する工房メタファー(多次元空間)を構成する技術。

 

3.9.1.2 産業的ニーズ

2015年には我国の人口構成の高齢化と少子化がどの国よりも急速に進み、約4人に1人が65歳以上の高齢者となる。同時に地球環境の面からは、二酸化炭素の排出量の規制なども厳しくする必要があり、モノやエネルギーの大量生産、大量消費は、許されなくなると考えられる。

我国の社会が健全な成長を続け、日本列島に住む人たちの生活が成り立っていくためには、以下のような産業的ニーズに答える必要がある。

 

(a)3つのCの融合による「情報産業」のグランドデザイン

情報産業全体が大きな市場を形成して高い収益を上げ続けるためには、個々の要素技術の開発だけでは不十分である。コンピュータ (Computer) 産業、コミュニケーション (Communication) 産業、コンテンツ (Content) 産業の融合化や、業際的な技術・サービスのグランドデザインが必要である。

(b) 我国の情報発信力の強化

我国は、情報の圧倒的な「輸入超過」国である。ここで、海外(特に米国)から入る情報は、マルチメディアコンテンツ(1次情報)やコンテンツへのアクセス情報(2次情報)のみならず、情報提供技術そのものが「業界標準」の名で導入され、実質上「USスタンダード」化が急速に進んでいる。

(c) 多様な利用者への情報サービス

非専門家向け、非ビジネスマン向け(子供、高齢者を含む)、非英語圏向け等の情報サービスを展開するためには、多様な利用者向けのコンテンツ創作、コンテンツの蓄積・提供、そして、インタフェースの技術が必須である。(また、そうなっていなければ、情報産業の市場規模は拡大しない。)

 

3.9.1.3 生活感覚・利用者感覚からのニーズの表現

以上に示した技術ニーズ・産業ニーズは、「世論」としては必ずしも顕在化していない。非専門家の利用者層には、「難しい情報技術」に対する期待感がないこと、我国の産業界では日々の業務や業務のための技術開発に追われて、新しい市場を育てながら事業展開する余裕がないこと等が、その背景にあると考えられる。このような閉塞状態を打破するために、「生活感覚あるいは利用者感覚の言葉で、ニーズの先に広がる新しいライフスタイル・ビジネススタイルや、新しい市場を表現する」ことは、一つの試みとして意義がある。

「個人の可能性を広げる情報基盤技術」とは、一人ひとりの利用者の主観的・直感的な情報の判断・解釈の仕方や情報の表現・伝達の仕方にマッチした情報機器・情報サービスを提供するための基盤技術である。これは次のような技術にブレークダウンして表現することができる。

 

(a) 「欲しいと思う情報」「自分に役立つと思われる情報」を、情報洪水の中から確実にピックアップできる技術。

(b) 「この情報を欲しいと思っている人」「この情報が役立つであろう人」を、見つけだして、的確に送り届ける技術。

(c) 「アルファベット」「キーボード」を使わずに、「こんな」「感じ」で情報機器を使いこなせるようにする技術(以心伝心)。

(d) 「利用者・消費者の感性を理解する」技術。

(e) 「利用者・消費者の感性に受け入れられるものをつくる」技術。

 

 以下の節では、個人の可能性を広げる情報基盤技術の具体例として、コンテンツ生産で非常に重要な「工業デザイン」の共同作業を題材に、どのような技術が必要であり、また、どのような技術的なアプローチでそれが実現されうるかを、紹介する。

 

3.9.2 工業デザインにおける技術的ニーズ・産業的ニーズ

工業生産の過程を「工業デザイン」という視点に立って整理すると、消費財などの工業製品を購入して消費する立場(消費者)、工業製品のデザインを発注する立場(クライアント、デザインマネージャ)、そして、デザインを受注して具体的な設計を行う立場(デザイナー)に分類することができる。本稿では、デザイナー、デザインクライアント、さらに消費者も加えた、トータルな工業デザインの過程を支援する情報基盤技術を考察する。

インテリア関係の工業デザイナーのデザイン作業では、顧客(あるいは想定する顧客層)の嗜好を分析し、デザインコンセプトに基づいて、デザイナー自身のデザイン方向性を明らかにすると共に、既存の種々のデザイン事例を広範に調査、収集、参考にしつつ、連想等により、新しいデザインを創り出している。さらにデザイン作品に様々な部材や家具を最適に組み合せたり、デザイン自体も変更して、顧客の意図を満足させなければならない。また、顧客にデザイン・コーディネートの過程やその結果を説得力のある形でプレゼンテーションしなければならない。このような工業デザイナーの仕事には様々な技術課題(顧客の嗜好を分析する技術等)が存在する。本研究では、まずデザイン作業工程の主だったプロセスをピックアップし、それぞれのプロセスの機能と問題点を整理した。

 

3.9.2.1 デザインプロセス

工業デザインの過程(デザインプロセス)を整理してみよう。

 

(1) 受注

デザイナーは、クライアントから渡されたデザインコンセプト(主にイメージ語で表現される)を受けて、どのようなデザインを創作するか、アイディアを練ることから始める。(受注生産の場合、クライアントは消費者に相当する。大量生産の場合、クライアントは工業デザインの上流の部門、例えば、マーケティング部門に相当する。)

(2) 資料の収集とイメージ作り

デザイナーが言葉によるデザインコンセプトを渡された時点では、具体的なデザインは明確には決まっていない。デザイナーは、デザインの参考となる多種多様な情報(デザインの事例など)を収集し、これら資料を様々な視点から整理する。この作業を通じて、そのデザイン対象製品の環境や人間との関わり(どんな状況に置かれ、どんな風に使用されるのか)を想定した製品イメージ作りを行う。

(3) イメージの視覚化・具象化

次に、デザイナーは、漠然とした製品イメージを視覚化・具体化する。漠然と思い描いたデザインイメージを目に見えるメディアに記録して、自ら確認するために具体的にはアイディアスケッチという方法が採られる。

(4) 造形

 アイディアスケッチでデザインイメージが収束すると、そのデザインイメージをより具象化するために、造形作業に取りかかる。この工程はレンダリングともいわれる。実際にはモックアップが作成されることもある。最近ではコンピュータを用いてレンダリングする人も増えてきている。

(5) デザイン提案

 次に、造形作業で作成された作品(以後、デザインモデルと呼ぶ)をクライアントに提案する。具体的にはプレゼンテーションという形で行われ、デザイナーはデザインモデルの様々な優位性をクライアントにアピールし、好印象を与える演出も必要な技術となる。

 

3.9.2.2 工業デザインプロセスの問題点とニーズ

我々は「オフィスとオフィス家具のトータルデザイン」を例題に、デザインプロセスのプロトコル解析を実施し、通常のデザイン過程における問題点を分析すると共に、個人の可能性を広げる情報基盤技術がどのようにこれらの問題点を解決できるかを検討した。

 

(1) 各過程の所要時間

各過程の平均的な時間比率を表3.9-1に示す。

表3.9-1より、造形(レンダリング)や資料収集、プレゼンテーション作成に、全工程の80%以上の時間を費やしていることがわかる。一方、デザインプロセスで最も重要で、デザインの品質に大きく影響する、デザインアイディアの作成・収束を行っているイメージマップやアイデアスケッチの過程には、十分な時間をかけられていない。このことより、実際のデザインプロセスでは、アイディアの整理や収束といった知的創造的活動より、知的な単純作業に多くの時間が費やされているといえる。

このような知的単純作業に時間を費やさざるを得ないのは、資料収集(すなわち、マルチメディア情報の取捨選択)、レンダリング(3次元グラフィックスによる描画)、プレゼンテーション作成(3次元仮想空間の作成)のそれぞれに、「感性・センス」と呼ばれる、デザイナーの経験・評価・技能に基づく主観的な情報処理が必要なためである。従って、「デザイナーの感性を理解する」技術、「欲しいと思う情報」「自分に役立つと思われる情報」を情報洪水の中から確実にピックアップできる技術、「消費者の感性に受け入れられるものをつくる」技術が実現されれば、工業デザインの生産性を大幅に高められると共に、品質を向上させることも期待できる。

 

表3.9-1 デザインプロセスの各過程の所要時間比率

デザインプロセス

具体的な作業

割合(%)

受注

デザイン依頼

2.2

資料の収集とイメージ作り

資料収集

26.5

イメージマップ作成

5.0

イメージの視覚化・具象化

アイデアスケッチ

11.6

造形

レンダリング

39.8

デザイン提案

プレゼンテーション

14.9

 

(2) デザイナー・クライアント・消費者に共通に必要な情報技術

工業デザインのデザインプロセスでのデザイナー・クライアント・消費者が共通に感じている問題点は、自分の頭の中で思い描いたデザインイメージを他の人に正確に伝えることや、そのデザインイメージを他の人と共有するということが大変困難であるという点である。

例えば、クライアントが、デザインコンセプトを正確にデザイナーに伝えることや、共同作業中のデザイナー同士でも、正確にデザイン意図を共有することは難しく、どちらのケースも打ち合わせ等を何度も行い、デザインしたもの(スケッチ、モックアップ)を介して共通認識を行っている。さらに、消費者側のニーズなどは生産者側にはダイレクトかつ正確には伝わっていないため、結果的にニーズとミスマッチした製品も多いという問題が生じている。

このような問題を解決するには、それぞれの人々の主観的評価尺度をモデル化し、そのモデルを通して、マルチメディア対話をすることにより、デザインイメージを共有するということが考えられる。さらに利用者の入力デバイスやアプリケーションの画面の操作をモニターすることで、利用者の主観的評価尺度の特徴を抽出し、構築したモデルに自律的にフィードバックしていくことによりデザインイメージの共有の信頼性が高められよう。

 

・主観的評価尺度モデル化技術

 複数間の人々の間でデザインイメージ(脳裏のイメージ)を共有する技術。またそれらを利用してマルチメディア対話する(コミュニケーション)技術。

・エージェント技術

 日常の情報機器の利用を観察して、その利用者の知識や興味、感性に関する情報を自律的に抽出する技術。

 

(3) デザイナーに必要な情報技術

デザイナーには短時間に自分の欲する資料が集められるシステムや、アイディア発想のために、数多くの資料が閲覧できるようなシステムが望まれる。

さらに造形作業でも実サイズでの確認が困難という問題から、現状ではモックアップ等が作成されている。このモックアップの作成にも時間が非常にかかってしまう。仮想空間上に実サイズを提示することが可能になれば、修正・変更の対応、時短、モックアップの材料費軽減等の問題が解消されるであろう。

 

・印象語による検索技術

 主観的な表現でデータベースを操作できる技術。

・マルチメディアデータベース技術

 マルチメディアコンテンツを利用できるデータベースマネージメント技術。

・検索エージェント技術

 人間の代わりに、情報内容を吟味して、インターネットやデータベースから情報を取り出す技術。

・仮想空間提示技術

仮想空間上に実サイズでかつスーパーリアリティで提示する技術。

 

(4) クライアントに必要な情報技術

クライアントが、デザインプロジェクトの工程を管理する場合、進捗状況を把握することが大変困難であり、その結果プロジェクト管理がしにくいという問題が発生している。

また、商品企画においても、実際に市場に出してみなければ消費者の反応はわからないという問題がある。

 

・プロジェクトマネージメント技術

 デザインプロジェクトの進捗状況が直感的に把握できる技術。

・マルチメディアコンテンツの管理

 利用者が、欲しいと思うマルチメディアコンテンツの情報を使いやすい形で提供できる技術。またはそれらを管理する技術。

・仮想マーケティング技術

 仮想空間、感性モデル化技術等を利用して、仮想的に設計した商品に対する消費者の感性的な反応をシミュレーションする技術。

 

(5) 消費者に必要な情報技術

 消費者参加型の工業デザインのシステムは現状では見出すことができない。もっと消費者が能動的に製品開発に関われるようなシステム(基盤技術)が必要とされている。

 

また、現在の買い物は、欲しいものは自分で探し、見つからない場合は、その商品に似たようなものを代わりに買う(妥協する)ということが実際には行われている。一番安い値段で商品を探し出してくれるような代行業(エージェント)システムがあると便利な技術であると思われる。

 

・買い物エージェント技術

 欲しいと思う商品を、人間の代わりに最適な条件のもの探し出す技術。またその商品を決済する技術。

・オンラインオーダーメードシステム

 色やオプション(備品)、形態の注文以外にも、不必要な機能(ボタン)は装備しないといったこともオーダーできるシステム。

・仮想製品使用体験技術

 仮想空間上等で購入前に実際に使用した感覚を体験できる技術。

 

3.9.3 工業デザイン支援システム「感性工房」

我々は感性エージェントとヒューマンメディアデータベース技術の実証プロトタイプとして、工業デザインプロセスを例題に、感性的な共同作業を伴う工業デザイン支援システム「感性工房」を開発している。ここではその概要を紹介しよう。

「感性工房」で研究開発を進めている感性メディア技術、仮想メディア技術、知識メディア技術などの各要素技術・システム化技術を図3.9-1に整理して示す。

 

図3.9-1 「感性工房」の技術マップとシステム構成

 

3.9.3.1 「感性工房」の実現イメージ

「感性工房」は、2001年のデザイン工房を想定したシステムである。このシステムを利用することで、利用者(=デザイナー)は工業デザインの様々な過程を効率良く進めることができる。はじめに、顧客から「感性的な表現」でオフィス家具やオフィスのコーディネイトの仕事を受注する。次いで、関連する資料を自動的に収集してこれを閲覧、イメージを膨らませながら、実際に適切な家具を選択したり、部品を組合せて設計する。このような家具を仮想空間上に構成したオフィスに配置してコーディネイトすると共に、顧客にプレゼンテーションして結果の確認を求める。「感性工房」は創造的な活動の生産性を高めると共に、消費者参加型の商品設計・生産に道を開くものである。

 

図3.9-2 イメージ語の選択

図3.9-3 選択されたイメージ語にマッチする写真の感性検索結果

(デザイナーの感性モデルを利用)

 

図3.9-4 収集した素材を分類・整理して、イメージを抽象化する(イメージアイコン化)

 

図3.9-5 イスの部品を検索、組合せて、抽象的なアイデアのイメージを具体化

 

図3.9-6 3次元デザインしたイスをキーとして類似検索を試みた結果

 

図3.9-7 特定のイスに関して、シリーズ商品を検索

(マルチメディア検索と通常の索引による検索の融合)

 

図3.9-8 デザイン・検索した家具をアレンジして仮想的にオフィス空間を構成

 

3.9.3.2 感性工房の要素技術 -- 3次元物体の類似検索 --

感性工房を構成する個々の要素技術の詳細は、前年度の報告書において詳述したので、ここでは、感性工房の例題であるオフィス家具のような3次元物体の類似検索技術に絞って紹介しよう。

 

(1)データベースを利用した物体類別

従来の文字、数値型のデータを対象としたデータベースの検索では、人間が物体を見て付与したキーワード情報を参照して物体を検索していた。しかし、キーワードのみでは検索したい物体を表現することが難しく、また物体にキーワードを付加する労力も無視できない。そのため、画像認識の技術を利用した物体検索が試みられてきた。しかし、このような手法では、物体のカテゴリーに特有の物体記述法を採用して検索を行うため、対象外の物体をキーとして検索することは難しい。

そこで本研究では、コンピュータグラフィックスやバーチャルリアリティ分野で広く採用されている物体のポリゴン(多面体)データを対象に、物体のカテゴリーに依存しない検索技術を開発した。検索ではポリゴンを構成している頂点の分布などの形状特徴に着目し、これを数量化することで、物体の分類、類別を可能にした。図3.9-9に示すような多様な物体を含むデータベースから、類似している物体の形状特徴を用いるだけで検索することができる。図3.9-10に形状特徴として頂点分布を利用した検索の結果を示す。図中左上のイスをキーとして例示検索すると、多様な物体を含むデータベースからイスだけを網羅的に検索することができた。

 

  

図3.9-9 3次元物体データベースの一部

 

  

図3.9-10 イスやソファの一つをキーとした例示検索の例

 

(2) デザインの支援 -- 感性的な検索の利用 --

我々はデータベースから少数のサンプルとなる物体群を用いて、それらの主観的な類似度を教示するだけで、その利用者の着眼点、類別の仕方などの主観的な評価基準を構築する手法を開発した。ベースとなるアルゴリズムは、多次元尺度法、主成分分析と判別分析法を併用してる。(主観的な類似度を判断するときは、物体をいろいろな角度から観察して評価をしてもらっている。なお、現在は物体の形状のみを考慮している。)

 

  

図3.9-11 袖付きイスをキーとした類似検索

(それぞれの利用者の主観的な類似度モデルに基づいて検索)

 

図3.9-11は利用者ごとに構成した感性モデルを基に類似検索した結果である。同じ物体(図中の左上のイス)を例示し、それぞれの利用者の感性モデルに基づいて検索すると異なった検索結果が得られている。検索された物体や、その順序づけが異なっていることが観察される。もちろん、この結果はそれぞれの利用者にとって、自分の感性と適合した結果となっている。

検索手法の比較では全物体数500個のデータベースの中からランダムに物体を15個選んで例示検索を行った。検索後、被験者に全てのデータベース物体を見てもらった。そして、検索結果の上位(5分の1の)物体が被験者の類似判断の基準に適合しているかどうか判断してもらった。各被験者の主観的な類似判断に基づく例示検索の結果は、物体の形状特徴だけを用いた検索よりも大幅に良い結果となっている。

 

(3) 感性的な特性の可視化による共同作業支援

我々のシステムでは、利用者の感性モデルを、図3.9-12のように3次元空間で表現することも可能である。この空間をウォークスルーすることによってデータベース中の物体のブラウジングを3次元的に行なうことも可能である。この空間では、主観的に類似している物体どうしが近くに、そうでない物体は離れて配置される。

 

  

図3.9-12 それぞれの利用者の主観的な類似度の3次元空間による可視化

 

それぞれの利用者の感性モデルを可視化した例を図3.9-12に示す。空間に配置されているイス・ソファの集合は同じであるが、左図と右図では、空間的な配置が異なっている。左の利用者は、イスやソファの足の形状に比重を置いた評価をしているのに対し、右の利用者は、背もたれの形状に比重を置いた評価をしていることがわかる。このように、複数の利用者の類似度に関する主観(判断基準)の違いを可視化することにより、お互いの微妙なニュアンスの違いなども直感的に理解することが可能となり、共同作業での意見のすり合わせもスムーズに行えるようになる。

 

(4) 応用技術と今後の展開

このような3次元物体の類似検索技術は、以下のような場面で重要性を増すと考えられる。

  1. 工業所有権の維持・管理
  2. オフィス家具のような意匠権を伴う立体意匠や、マスコットオブジェのような商標権を伴う立体商標の維持・管理に、感性のモデル化技術や類似検索技術を利用する。

    近年、3次元物体データに対する電子透かし技術も登場し始めている。しかし、2次元・3次元共に、データの改鼠に弱く、違法コピーを発見しない限りは所有権を主張できない。インターネット上のサーチロボットと類似検索技術を利用すると、違法コピーされた物体や画像データはもとより、工業所有権を侵害する恐れのあるまぎらわしい物体や画像をも検出することができるようになる。工業所有権のデータベースは、国際的に相互接続されつつある。このような仕組みを利用することで、膨大なデータを相手にしながら、工業所有権の維持・管理が容易に行えるようになろう。

  3. 3次元版のインターネットカタログショッピング
  4. インターネット上のカタログショッピングが一般的になりつつある。現時点では、商品名の文字列や見本の写真を手がかりに、消費者は購入申し込みをしているが、将来は、3次元的な商品の表示を見ながらの購入申し込みに移行しよう。利用者は商品の形状や雰囲気をよりリアルに実感することができるようになる。

    同時に、複数社のインターネットカタログの中から所望の形状・色彩・雰囲気を備えた商品を探し出すには、消費者自身の感性のモデルに基づいた、類似検索・感性検索の仕組みが効果的である。

    インタフェースエージェントが単一のユーザインタフェースを利用者に提供し、利用者からの命令(希望する商品の主観的な記述)を、各社のデータベースに適した質問形式に変換して自動的に配信し、回答を再び統合して、消費者に提示する。消費者は、自分の求める商品がどのデータベースに格納されているか(=どの会社から提供されているか)、それぞれのデータベースに固有の利用形式などを知る必要なく、多様なインターネットカタログを利用できるようになる。

  5. 創造的な仕事の支援

オフィス家具の設計、オフィスコーディネイトの支援の例題のように、都市設計、建築設計、工業デザインといった創造的な仕事をする分野では感性的作業を支援するメカニズムが強く求められており、利用者の主観的な判断基準(感性)を自動的に学習し、主観的な基準の可視化を可能とするこの研究は、人にやさしい情報技術を実現する上で重要性をましていくと考えられる。

【次へ】