3.6 知的モバイルエージェント
3.6.1 概要
インターネットに代表されるネットワークは、個人の趣味による利用から、ビジネス、教育、医療、公共サービスのための利用へと、急速にその範囲を拡大させている。また、新しいパーソナルメディアの出現はその利用形態を多様化させ、これまでにないサービスも次々と登場している。この延長上には、社会のしくみがネットワークの利用を前提に構築される高度情報化社会の到来が考えられる。このネットワークの世界においては、膨大な量の情報が広域に分散し、全体の構成やその上に提供されるサービスが日々変化し続けている。このため、ユーザのネットワーク利用を支援するソフトウェアにも、ネットワーク上を自由に移動したり、移動先の状況にあわせて自らの行動を柔軟に変化させながら、分散した資源を有効に活用するしくみが求められる。このような背景から、ネットワーク上における人間主体の知的情報技術として、知的モバイルエージェントへの期待が高まっている。
3.6.2 知的モバイルエージェントの要件
知的モバイルエージェントを人間主体の観点でネットワーク活用支援に向けた際の要件、つまり、今後の高度情報化社会に向けて、どのようなエージェントが求められているかを考察する。我々がネットワークを活用して行なう仕事は、主に遠隔地の情報収集やサービスの利用である。これらは、情報収集を行ないながら、その内容によって利用するサービスを決めるといったように、相互に影響し合っている。これを人手で行なうには、自分が必要とする情報/サービスが何であり、それはネットワーク上のどこに存在し、どうすれば入手/利用でき、どう組み合わせれば目的を満たすのかなどを明らかにする必要があり、大変な手間を要する作業となる。こういった作業を効果的に支援する知的エージェントに必要な能力は、次のようなものと考えられる。
・人間の要求を簡単な伝達で的確に把握する。
・どこで何をすべきかを自ら考える。
・ネットワーク上のどこにでもアクセスできる。
・個人の好みや過去の経験を熟知し、意思決定の際に活用する。
・真に必要とされるものを見分け、取捨選択する。
・各所の状況を把握し、状況に応じて適切に処理を変更する。
・周囲に迷惑をかけず、外部からの刺激に対しても頑健である。
・人間や他のエージェントと協力して効率的に仕事を進める。
表3.6-1 国内外の代表的なモバイルエージェントシステム
システム名 |
開発元 | |
国
内 |
Flage Software Development Kit Plangent Bee-gent April Kafka Concordia Mobidget MobileSpaces PAF |
IPA 日本IBM 東芝 東芝 富士通 富士通 三菱 NEC お茶大 慶大 |
海 外 |
Telescript Odyssey Voyager Grasshopper MOA Ara |
General Magic General Magic Object Space GMD, IKV++ The Open Group Kaiserslautern大 |
3.6.3 知的モバイルエージェントに関する国内外の状況
3.6.3.1 代表的なモバイルエージェントシステム
表3.6-1に、よく知られたモバイルエージェントシステムを示す。表からわかるように、多くの日本企業がモバイルエージェントシステムの研究開発に取り組んでいる。以下で代表的なシステムについて解説する。
Flage(Flexible agent)は、通産省プロジェクト「新ソフトウェア構造化モデル」において開発されたエージェントシステムである[6, 20]。実現されたモバイルエージェントシステムとしては世界的にみても先駆的であり、今日のモバイルエージェント開発の隆盛のきっかけとなった日本発の成果と言える。ネットワークの多様かつ頻繁な変化に適応できる柔軟なソフトウェアアーキテクチャの構築を研究開発の目的とし、これに応える仕組みとして「成長するエージェント」なる独自のコンセプトを展開した。実装面での技術としても、エージェントのメタ構造やフィールドを用いた協調計算など、現在のモバイルエージェントの研究に影響を与える成果を残している。
表3.6-2 FIPA97とFIPA98仕様の検討項目
No. |
FIPA97 |
FIPA98 |
1 2 3 4 5 6 7 9 8 10 11 12 13 |
Agent Management Agent Communication Language Agent/Software Integration Personal Travel Assistance Personal Assistant Audio-Visual Entertainment and Broadcasting Network Management and Provisioning |
Agent Management(拡張)
Products Design and Manufacturing Human/Agent Interaction Agent Security Agent Mobility Ontology Service FIPA 97 Developers' Guide |
Javaモバイルエージェントとしては、日本IBMが開発したAglets(Aglets Software Development Kit)が有名である[7, 16]。Agletsのエージェントが移動する際には、プログラムコードと内部変数値のみが移動先に転送され、実行状態までは送られない。このため、移動先ではそれまでの実行をそのまま継続することはできないが、これを補うために豊富なコールバックが用意されている。Agletsを用いてアプリケーションを開発する際には、コールバックを利用して実行継続に相当する処理を記述することになる。Agletsは実用性の高さからさまざまなアプリケーションに適用され、旅行検索システム「たびCan」などが現在も運用中である。
General MagicのTelescriptは、モバイルエージェントの概念を実装した最初のシステムとして知られている[14]。Telescriptは、「プレース」と呼ばれる非移動型プロセスと、「エージェント」と呼ばれる移動型プロセスとから構成される。エージェントはプレース間を移動するが、移動の際にはプログラムコードに加えて内部変数値、実行状態などが転送される。このため、単なるコード転送などとは異り、エージェントは移動先でそれまでの実行を継続することができる。Telescriptは実行環境や開発環境と共に提供されたが、現在はサポートされていない。
OdysseyはTelescriptを開発したGeneral Magicが提供するJavaモバイルエージェントである[22]。Telescriptのアーキテクチャをほぼ継承しているが、エージェントがJavaのスレッドであり、移動にはRMIが用いられるなど、Javaの機能を活用して実装が行われている。Agletsと同様に移動先での実行継続はできないが、移動先でどのメソッドを起動するかを開発者がリスト形式で自由に指定できる。
Grasshopperは、GMD FOKUS の IMA(Intelligent Mobile Agents)センターで開発されたモバイルエージェントプラットフォームである\cite{Web-Grasshopper}。IMAでは、ネットワークインフラTMNとGrasshopperを中心にさまざまなプロジェクトを展開しており、これまでにも、警官の無線交信を支援するモバイルエージェントシステムなどが開発されている。また、IEEE、MASIF、FIPAなどの標準化活動にも積極的に関わり、GrasshopperもMASIFやFIPAに準拠したものとなっている。このシステムは、IMAで評価版を公開している他、IKV++からは製品版が販売されている。
3.6.3.2 エージェント技術の国際標準化動向
エージェント技術に関する標準化は欧米を中心に進められている。FIPA(Foundation for Intelligent Physical Agents)は、MPEGやDAVICの議長をつとめたCSELTのChiariglione氏が1996年4月に設立した非営利国際団体で、エージェント技術全般の標準化を目的に現在も活動を続けている。NHK、NTT、東芝、日立、松下、パイオニア、ビクター、IBM、GMD、HPなど、日米欧の企業が参加し、奈良先端科学技術大学院大学の西田教授がフェローをつとめる[19]。これまでに、3つのエージェント技術(Agent Management, Agent Communication Language, Agent/Software Integration)と、4つの代表的アプリケーション分野(Personal Travel Assistance, Personal Assistant, Audio-Visual Entertainment and Broadcasting, Network Management and Provisioning)を定め、標準化検討を行った結果をFIPA97仕様として1997年12月に公開。その後、Agent Management拡張機能の検討、さらには新たな項目としてHuman/Agent Interaction, Agent Security, Agent Mobility, Ontology Service, FIPA 97 Developers' Guide などを検討した結果をFIPA98仕様として1998年12月に公開している。FIPAで定めたエージェント通信言語ACL(Agent Communication Language)などは多くのエージェントシステムに採用され始めている。
その他に、モバイルエージェントに的を絞った標準化活動としてOMG(Object Management Group)のMASIF(Mobile Agent System Interoperability Facilities)が知られている[23]。1995年にMAF(Mobile Agent Facility)として提案要求を開始したものが1997年11月にMASIFに名称変更となり、GMD FOKUS、IBMが中心に提案をまとめ、CrystalizやGeneral Magic、The Open Groupなどの支援の下でMASIF仕様を発行。現在もWG活動を続けている。MAF IDL として、MAFAgentSystemインタフェース(受信、生成、サスペンド、終了などのオペレーション)やMAFFinderインタフェース(エージェント、プレース、システムの登録、削除、配置を行なうネーミングサービス)などを規定している。また、米国企業(IBM, Microsoft, AT&T, General Magic)中心のAgent Society[15]、DAPPAKSE(Knowledge Sharing Effort)がベースとなったCoABS(Control of Agent-Based System)[18]、W3CにおけるWebエージェントの検討[25]なども行われている。
3.6.4 知的モバイルエージェントのシステム事例
3.6.4.1 分散協調エージェントフレームワークBee-gent
コンピュータネットワークの急速な普及に伴い、ネットワークを介した異種システム間の相互連携が大きな課題となっている。分散協調エージェントフレームワークBee-gent(Bonding and Encapsulation Enhancement Agent)は、レガシーシステムやデータベース、WWWサーバなどの各種アプリケーションをネットワークを介して柔軟に連携するためのフレームワークである。Bee-gentは、エージェントラッパーと呼ばれるモジュールと、仲介役となるモバイルエージェント群から構成される。エージェントラッパーが接続対象となるアプリケーションをエージェント化し、仲介エージェントがその間の調整役となって各システム間の連携を実現する。Bee-gentを用いることで、既存アプリケーションに変更を加えることなく、状況の変化に対応できる分散システムを構築できる。このため、企業内における効率的なエンタープライズモデルの確立や、企業間をまたがるサービスインフラの実現などへのビジネス応用が期待できる[3, 17]。
図3.6-1 Bee-gentによる分散システム構築例
従来の技術、例えば分散オブジェクトシステムなどでは、接続対象間のインターフェースを統一したり、データフォーマットを統一することで、相互に接続を行うところまでを実現している。しかし、接続した上で何をするのか、接続したもの同士をどのように調整して一貫したシステム動作を得るのか、といった点に関してはサポートが不十分である。したがって、分散システムの開発者はそういった「調整のためのロジック」を接続対象のシステム毎に組み込む必要がある。これに対してBee-gentでは、接続対象システム間の仲介役となるエージェントが存在し、相互の調整のために必要な手続きや情報を一元的に管理する。つまり、Bee-gentでは、「調整のためのロジック」が個々の接続対象システムから切り離される。そして、仲介エージェントがいわば御用聞きのように、自らネットワーク上を移動してシステム毎のさまざまな要求に応える形で調整を行っていく。
接続対象となるシステムにはエージェントラッパーと呼ばれるモジュールを付加し、仲介エージェントとのインターフェースはXML/ACLを用いた会話ベースでやりとりする。XML/ACLとは、エージェント間の共通言語としてFIPAが定めるACL(Agent Communication Language)をXML(eXtensible Mark-up Language)上に実装したものである。XML/ACLを導入することで、システム毎に異なる接続インターフェースをラッパーレベルで統一できるとともに、XMLによって他の通信言語との親和性も確保できる。このような構成により、システム構成の変更や拡張、またはビジネスロジックの変更に伴う処理手順の変更などが発生した際にも、仲介役となるエージェントを取り替えるだけで対応でき、既存システムを容易に接続するのみでなく、変更にも強いシステムを構築できる。
3.6.4.2 知的モバイルエージェントPlangent
知的モバイルエージェントPlangent(Planning Agent)は、プランニングという推論機構を持つモバイルエージェントが、目標達成の手段を自分で考えながら、ネットワーク上を自律的に動きまわって処理を行なう点に大きな特徴がある[9, 10, 11, 24]。ユーザからの要求を受けとったPlangentエージェントは以下のように行動する(図3.6-2)。
(1)どこで何をするかといった行動計画をプランニングによって立案する。
(2)その行動計画に基づいて必要な情報やサービスのある場所まで移動する。
(3)移動先の情報やサービスを活用して処理を実行する。
(4)予期せぬ事態などによって計画の実行が失敗した場合、再プランニングによって状況に合った行動計画を作りなおす。
(5)新たな行動計画に基づいて移動と実行を行う。
(6)目標が達成されるまでこれらを繰り返し、最後にユーザのところへ戻って結果を報告する。
図3.6-2 Plangentエージェントの動作概要
このようなPlangentには多くの利点がある。例えば、ユーザが細かい作業手順を指示する必要がないこと、予期せぬネットワーク環境の変化に対してエージェントが柔軟に対処すること、個人の好みや過去の事例を学習してエージェントが成長することなどは大きな利点である。また、エージェントの移動時以外は通信回線が切断されてもよいため、今後増加する携帯機器向けソフトウェアとしても適した特性を持つ。
3.6.5 知的モバイルエージェントのアプリケーション事例
3.6.5.1 Bee-gentによる製品環境情報システム
製品環境情報システムとは、製品の環境影響評価ツール群を実際の製品設計現場で活かすための運用システムをBee-gentを適用して構築したものである。図3.6-3に示すように、ツール群と設計用のCADツールやプロジェクト管理ツール、あるいは、部品情報が含まれる各種データベース群を有機的に連携させて、設計中にCAD画面から設計中の部分の環境影響値を調べるサービスなどを提供する。システム構成要素のエージェント化やサービスを実現する仲介エージェントにより、部品に関する情報がどこにも無ければ流用できる統計データを探したり、一部のシステムがダウンしていても代替となるアプリケーションを探すかサービスを縮小するなど、さまざまな柔軟性を実現する[17]。
図3.6-3 製品環境情報システム
3.6.5.2 μPlangentによる組込み機器向けモバイルエージェント
近年、制御用マイコンボードなどの組込み機器をネットワークに接続し、遠隔制御や管理を行なうことが多くなっている。ところが、例えば電力系統内の変電設備といった多数の機器を管理するような場合、特定の操作端末から各機器を管理する方式では、操作端末や特定の通信回線に負荷が集中したり、機器ごとの仕様の違いに操作端末側で対応する手間がかかったりといった問題が生じる。μPlangentは組込み機器上で動作する軽量の知的モバイルエージェントで、Plangentの改良版として開発されたものである。μPlangentを用いると、知的エージェントを情報系や制御系の種別を意識することなくネットワーク上で移動させ、組込み機器やコンピュータをシームレスにつないで各種処理を行なうことが可能となる。
知的エージェントを組込み機器で動作させる際の最大の課題は、エージェントの各機能を組込み機器の限られた資源でいかに動作させるかにある。μPlangentのエージェントは最初に小さなコア部分のみを機器上に移動させ、実行開始後に必要に応じてコードを引き寄せることで、資源の少なさに対処している。また、大規模な知識処理が必要となった場合は実行場所を他に移して計算を継続するなど、資源状況にあわせて柔軟に移動や実行を行なうように工夫されている[1]。このようなエージェントシステムには以下の利点が考えられる。
広域に分散した機器を対象に人間の判断を必要とするような処理を自動化でき、大きな省力化が期待できる。予期せぬ異常事態が生じた際には、業務ノウハウに基づいてエージェントが適切な処置を講ずる。
処理を開始したエージェントは操作端末と切断された状態で独立に処理を進めるため、操作端末や特定の回線への負荷集中を回避できる。夜中に複数のエージェントを走らせ、翌日に結果を確認するといった運用も可能となる。
電話回線などで結ばれた遠隔機器を操作する場合、エージェントを機器側に送り込んでローカルなプログラムとして実行することにより、通信による遅延を解消できる。また、移動時以外は通信回線を切断できるため、通信コストを低く抑えることも可能である。
負荷のかかる計算を途中で他の機器へ移すことができるため、例えば組込み機器の資源不足を他のコンピュータで補うといったように、ネットワーク全体をひとつの計算資源として有効活用できる。
処理に必要なプログラムがそのつど遠隔機器に送り込まれるため、機器側には最小限のプログラムを設置するだけでよい。万一プログラムに不具合が生じても、修正は操作端末において実行開始前のエージェントに対して1回のみ行なえばよく、保守性の向上が期待できる。
機器毎の仕様の違いや動作環境の違いなどは各機器の知識ベースで管理されるため、外部からはこれらの差異を意識しなくて済む。
μPlangent は、各機器やコンピュータに設置されるプラットフォーム、それらの間を移動するモバイルエージェント、エージェントの動きを監視・制御するためのエージェントモニターなどから構成される。図3.6-4に、μPlangent プラットフォームの構成を示す。プラットフォームは2階層からなり、下位のMAP(Mobile Agent Platform)層では知的処理を必要としないモバイルエージェントが実行される。上位のμPlangent 層では、分野知識や業務ノウハウを格納した知識ベースが管理され、知的エージェントはここで実行される[1, 8]。現在、以下のアプリケーションがμPlangent を用いて開発されている[5]。
図3.6-4 μPlangent のシステムの構成
・巡視エージェント
エージェントが機器を巡回し、保守運用情報を取得する。機器の異常を検出した際には、回復処理の実施、関連情報の取得、操作員への通報などを状況に応じて適宜実施する。
・事故解析エージェント
系統に事故が発生した際に、関連機器の情報を収集し、整理/分析を行なった後にそれらの結果を操作員へ報告する。
3.6.5.3 Plangentによるドライバー情報支援システム
ドライバー情報支援エージェントInfoMirrorは、自動車と情報センター、インターネット上の情報などをPlangentによって統合し、ドライバーにさまざまな情報を提供するシステムである。既にネットワークから情報を取得するタイプのカーナビゲーションシステムは存在するが、ドライバー情報支援エージェントは、ドライバーの好みやその場の状況に応じて必要となる情報を適切に判断し、ネットワーク上のさまざまな場所からそれらの情報を取得して提供する点に違いがある[2]。
InfoMirrorでは、エージェントが自動車やドライバーの状況を把握し、状況に合ったタイムリーな情報を提供する点が特徴となる。例えば、「この近くのガソリンスタンドを知りたい」といった場合はどの道をどちら向きに走っているのかといった情報が活用され、「着いたら食事をしたい」といった要求に対しては設定された目的地近辺のレストランが評判なども考慮した上で検索される。これがさらに進歩すると、ドライバーが仕事中かレジャー中か、一人で乗っているのか、同僚と乗っているのか、もしくは家族と共にいるのかといった状況までを考慮することが可能となる。目的が異なれば、同じ目的地までの道路を案内するにしても、早く着く経路を優先するか、景色のよい経路を優先するかなど、選択基準が変わってくる。また、エージェントはドライバーの好みや自動車の特性などを把握しており、種々の判断の際にそれらの特性を活用する。例えば、先のレストラン検索において数あるレストラン情報からドライバーの好みにあった候補を絞り込む際に、過去にいかなるレストランを選択してきたかの事例が活用される。また、特定のエリアで空き駐車場を探す際などには、自動車のサイズを考慮して入庫可能な駐車場のみが候補となる。これらの特徴によりエージェントに対する指示は大幅に簡略化されるので、音声入力による指示も可能となる。自動車を運転中のドライバーが行なえる操作は制限されるので、こういったユーザインタフェースは重要である。図3.6-5にドライバー情報支援エージェントの概要を示す。
図3.6-5 ドライバー情報支援エージェントの概要
3.6.6 知的モバイルエージェントの応用分野
知的モバイルエージェントがどのような分野へ展開できるかを以下でおおまかに整理する。
・個人情報支援
携帯端末やカーナビに対して情報支援を行なうシステムなどは、知的モバイルエージェントの特徴を生かしたアプリケーション例である。個人の好みを知るエージェントが、簡単な操作によってそのときどきの状況にあったタイムリーな情報支援を行なう。移動性による通信コストの低下、回線断に対する柔軟な対処、ネットワーク資源の有効活用も大きな魅力となる。ドライバー情報支援システムInfoMirrorはこれに相当する。
・状況依存型ワークフロー処理
処理の流れが固定的でなく、収集した情報の内容やその時の状況、相手側の状態などに応じてその後の処理が決定し、処理の結果によってまた必要な情報が決まるといった複雑な依存関係を持つワークフロー処理にも知的モバイルエージェントが活用できる。状況にあわせて書類を持ち運ぶ帳票エージェントや会議スケジュールの調整を行うオフィスエージェントなどの事例がある。
・ネットワーク上の巡回処理
定期的にネットワークを巡回してマシンを保守・管理するシステムなど。ユーザの利用状況の監視やマシンの環境設定、ソフトウェアの自動インストールなどが可能となり、異常事態に対してもエージェントが柔軟に対応する。組込み機器向けモバイルエージェントを用いた巡視エージェントや事故解析エージェントは、この事例である。
・広域分散情報を扱う処理
形式の異なる分散データベースや大規模で内部構造の複雑なデータベースから情報を収集するシステム、異種環境にまたがるグループウェア処理、部門や会社をまたがる広域情報処理システムなど。エージェントが異なるシステムを柔軟につなぎ、情報やサービスを効果的に活用する。製品環境情報システムがこれに相当する。
3.6.7 知的モバイルエージェントの課題
本節の最後で、知的モバイルエージェントを実用化する上での課題を整理する。
・知識処理の高度化
知的モバイルエージェントの能力は、その知識処理能力に強く依存している。人間の要求の把握、行動の決定、個人の好みの把握、過去の経験の活用、対象の取捨選択、状況に応じた処理の変更などを効率的に行なう知識表現やプランニングのしくみが望まれる。このために、実用を意識した上での知識処理の高度化や学習技術の研究の推進が必要である。
・コミュニケーション方式の確立
知的エージェントがコミュニケーションするためにはACL(Agent Communication Language)を定めるだけでなく、アプリケーション分野毎の言葉を整理する必要があり、オントロジー(ontology)の導入も重要な課題となる。これらの技術によって、エージェントは他のエージェントや人間と協力し合って効率的に仕事を進めることができる。しかし、オントロジーの研究には地道で膨大な作業が伴い、また統一されたオントロジーが用いられなければ、コミュニケーションの効率は著しく低下する。こういった活動の支援は、国が取り組むべき課題と考えられる。
・セキュリティの保証
人間の代理人として仕事をするエージェントをどこまで信用するか、プライバシーをどう保護するかなどは、エージェントを実用化する際の技術課題である。これについては、エージェントからの攻撃に対するホストの保護、ホストからの攻撃に対するエージェントの保護、エージェントからの攻撃に対するエージェントの保護、といった観点で議論が進められている。
・信頼性や安全性の確保
システムの制御などを行なうエージェントには安全・確実にタスクを遂行することが求められる。例えば、エージェントが訪問中のホストが突然ダウンした場合などでも、エージェントを確実に復元する機構が必要である。こういった機構を整備することにより、エージェントによるタスク遂行の確実性が増し、知的エージェントシステムの信頼性が向上する。
・開発方法論や支援環境の構築
アプリケーション開発者の立場で見たとき、エージェントはこれまでに扱ったことのない概念である。エージェントをいかにモデル化し、これを活用するシステムの機能や構成をいかに設計するかといった開発方法論や支援環境の整備が課題となる。
・相互運用性の検討
モバイルエージェントがネットワーク上を自由に移動してさまざまな仕事を行なうためには、プラットフォームの標準化、もしくは異種プラットフォーム間での相互運用性の確保、位置管理やセキュリティ方式の統一などが必要となる。前述のFIPA97、FIPA98仕様や、OMGのMASIF仕様などを踏まえたモバイルエージェントの相互運用方式の研究開発が今後重要となる。こういった技術の開発・普及は単独の企業で進められるものでなく、国の指導による共同開発・普及の活動が期待される。
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