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3.5 ディジタル図書館の観点から

3.5.1 はじめに

インターネットに代表される情報基盤の発展は、我々の情報環境に大きな変化をもたらした。たとえば、電子マネーに代表される電子商取引(Electronic Commerce)の発展を促し、「もの」の取り引きにとどまらない様々な情報取り引き(Information Commerce)が進められている。こうした変化は利用者の情報アクセス行動に大きな変化をもたらし、図書館など情報の蓄積と提供の役割を担ってきた組織、出版社など情報の発信と流通を担ってきた組織に大きな影響を及ぼしている。

こうした背景の下、1990年代に入って国際的な情報基盤の上の公共的応用分野として医療や教育とともに図書館が重要な分野であると認められ、各国でディジタル図書館(電子図書館、Digital Library)の研究開発が活発に進められてきた。現在では、図書や雑誌のような冊子体の資料のみならず、地図や写真、絵画、レコード、映画、ビデオ映像など様々な資料を新しい情報技術を利用することでディジタル化し、ネットワークを介して提供・利用することができる。

情報技術研究の観点から見ると、ディジタル図書館は、大量かつ多様な情報資源を、大量かつ多様な利用者に効率よく提供することが要求されるため、極めて先端的なかつ多様な情報技術が要求される分野である。また、電子ジャーナルや各種のデータベース等、有料で提供される情報へのアクセスを提供するため電子商取引と隣接する分野でもある。一方、有害情報や成人向け情報に関するアクセス制限、プライバシの保護、知的財産権の保護、国境を越えた情報資源アクセスに関する様々な問題など、社会システムとしての取り組みが必要な分野でもある。

このようにディジタル図書館には様々な側面があり、立場によって見方が異なる。ここでは、ディジタル図書館を「ディジタル情報技術を用いて資料を表現、組織化、蓄積し、利用者に知識と情報の総合的な利用環境を提供する図書館ないしは図書館機能」と定義する[1]。以下、本稿ではディジタル図書館の概要を述べた後、それに関わるいくつかの課題を示す。また、今後、利用者は世界に広がるネットワークにおいて情報資源を探し、要求に合った資源を発見し、アクセスし、利用することになる。こうした利用者の行動を可能にするには目的に応じた何種類ものメタデータを適切に準備することが必要である。本稿では、メタデータについて簡単に説明し、さらにメタデータに要求される課題について述べる。

 

3.5.2 ディジタル図書館について

ディジタル図書館はディジタルコレクションだけでみると面白味はなく、また新しい情報技術だけで見ると中身の無いものになってしまう。ディジタル図書館を理解するには、ディジタルコレクション、新しい情報技術とその統合、大きな情報資源空間環境とその中での利用者といったいろいろな立場から見ることが必要である。

 

3.5.2.1 ディジタル図書館とその関連領域の概観

下にディジタルコレクション、新しい情報技術、メタデータおよびその他のディジタル図書館に関する研究開発領域を簡単に示す。もちろんこれらは互いに無関係なものではなく、ディジタルコレクションの蓄積の際に新しい情報技術を用いること、新しい情報技術の研究のために大規模なディジタルコレクションを利用することなどがなされている。

 

(1) ディジタルコレクションの開発を中心とするディジタル図書館構築(3.5.2.2節参照。)

(2) 新しい情報技術や情報環境の研究開発(3.5.2.3節参照。)

(3) インターネット上での情報資源へのアクセスと利用のためのメタデータ(3.5.2.4節参照。)

  • インターネット上での情報流通を支えるいろいろな種類のメタデータの開発、たとえばDublin Core Metadata Element Set (Dublin Core)[3]DOI (Document Object Identifier)[4]PICS (Platform for Internet Content Selection)[5]など。
  • 特定分野の情報資源の特徴や所在などのメタ情報を収集し、提供するサブジェクト・ゲートウェイ(Subject Gateway)
  • (4) その他、ディジタル図書館に関連する環境要素

    ディジタル化された資料のみならず冊子体資料などの非電子資料も統合的に利用でき、さらに情報発信の支援をも目指した図書館環境(Hybrid Library)の構築[7]Digital Library Federation[8]に見られるような資料のディジタル化や利用を促進するためのディジタル図書館間協力など。

     

    3.5.2.2 ディジタルコレクションの開発を中心とするディジタル図書館構築

    ディジタル資料を収集・組織化・蓄積したものをディジタルコレクションと呼ぶ。ディジタル資料には次のようなものがある。資料の種類やサービスの目的によって、蓄積、提供の方法は様々であり、資料の性質に応じた方法が採用される。

     

    1. 非ディジタル媒体の資料をディジタル化したもの
    2. 印刷資料(図書、雑誌、会議録、パンフレットなど)、手書き資料(manuscript)、地図や航空写真、写真、ポスターや絵画、彫刻、工芸作品や博物館資料、レコード、映画やビデオ資料(アナログ媒体資料)、マイクロフィルムなど。

    3. はじめからディジタル媒体上に作成された資料

    WWW文書、ワードプロセサや電子出版用のソフトウェアで作られた電子資料、CD-ROM等の媒体を用いて出版された電子出版物、書誌情報やファクトデータ等のデータベースなど。

     

    研究者の間では早くからインターネットが情報基盤として利用されてきたため、インターネットでの学術情報の流通は広く行われてきた。たとえば、研究者自身による自著論文の発信や会議録の出版、Preprintの蓄積・提供のサービスなどが広く行われている。また、著作権に関する問題の少ない歴史的資料や研究者自身が著者であるといった背景もあるため、ディジタル図書館への取り組みは学術資料に関するものが最も進んでおり、大学図書館や国立の中央図書館、資料館での取り組みが進んでいる。国立図書館では、貴重資料の保存とアクセス、政治行政資料の蓄積と流通などのディジタル図書館プロジェクトが進められている。また、納本制度や知的財産権とディジタル図書館との間の問題などへの取り組みもなされている。大学図書館に関しては、アメリカの大規模大学図書館を中心として早くからさまざまなプロジェクトが進められてきた。こうした活動の背景には、限られた予算の中で大量の資料を利用者に提供していくにはディジタル化による資料の共有や効率的なサービスが要求されること、利用者の情報アクセス活動のインターネット上への急激な広がりに対応し情報アクセス支援の役割を果たしていかねばならないこと、情報格差の解消にディジタル図書館が有効と考えられること、さらに新たな知識・情報の創造と発信の支援機能が要求されることなどの点がある。

     

    3.5.2.3 新しい情報技術や情報環境を指向した研究の推進

    米国のNSF、NASA、ARPAの共同助成の下で1994年から1998年に渡って行われたDLI(フェーズ1)が新しい情報技術を指向したディジタル図書館研究プロジェクトとしてもっとも著名なものであろう。1998年からNSF、NASA、ARPAに加えて医学図書館(NLM)、議会図書館、人文基金(NEH)が新たに助成母体として参加し、4ないし5年の計画でDLIフェーズ2(DLI2)を進めている[9]。このほか、Knowledge and Distributed Intelligence (KDI)と呼ばれるDLIの隣接分野の研究助成も進められている。

    イギリスでは、図書館に基盤を置き、高等教育環境におけるディジタル図書館機能の研究開発を目的としたeLibを進めている。ERCIM(European Research Consortium on Informatics and Mathematics)DELOSワーキンググループでディジタル図書館関連技術の研究推進を進めている[10]。また、EUでは1998年から2002年の研究計画を決めた5th Frameworkの研究プログラムにおいて、ネットワーク上での知識情報基盤、またより広い範囲の様々な活動を支える情報基盤の研究が進められることになっている[11]

    ディジタル図書館のための新しい情報技術の研究には、多言語情報アクセスなど国際的視野での研究が重要である。NSFERCIMはディジタル図書館の研究戦略を議論するワーキンググループを設け、1)ディジタル図書館システム間の相互利用性、2)メタデータ、3)知的財産および経済的諸問題、4)世界規模の分散ディジタル図書館における情報資源発見、5)多言語情報アクセスの5トピックに関して議論を進めてきた[12]。また、NSFDLI2の中で国際間で組織された研究チームによるディジタル図書館研究助成プログラムを進めている。

    国内では1995年から2000年春までの計画で進められているIPAと日本情報処理開発協会(JIPDEC)による次世代ディジタル図書館システム開発プロジェクトがある。このプロジェクトでは参加9社によるいろいろな要素技術や国立国会図書館関西館のディジタル図書館システムのプロトタイプの研究開発を進めている[13]

    下にこうしたプロジェクトで研究開発が進められている主要な情報技術を列挙する。

     

    (1) 情報アクセス支援

    高機能情報検索技術、情報発見技術。文書の内容の抽出、抄録作成、分類、索引付けの自動化等、メタデータの自動作成技術。多言語情報アクセス技術。情報資源間の相互利用性技術。

    (2) コンテンツ処理

    自然言語の内容理解や機械翻訳など自然言語技術。音声や画像など非テキストデータの内容理解や内容抽出技術。印刷物、電子出版物など文書の構造と内容理解の技術。

    (3) ユーザインタフェース

    情報の可視化による情報アクセス支援技術。利用者による情報アクセスや情報生産を支援するための共同作業支援技術。障害者向けの情報アクセス・情報生産支援技術。

    (4) コンテンツ作成・保存

    多様なコンテンツの編集・文書化技術。電子文書、ディジタルデータの流通技術や長期間保存技術。

    (5) 情報アクセスのための条件や制約の管理

    知的財産権、Ratingなどに基づくアクセス制限技術。課金技術。プライバシやコンテンツの保護などのセキュリティ技術。

     

    3.5.2.4 ネットワーク上での情報アクセスの向上 - メタデータ

    インターネットや電子図書館のような巨大な情報資源空間から、要求に応じて適切な情報資源を発見・利用できることが求められている。そのためには情報資源の特性を表した情報、すなわちメタデータが必要とされる[13]メタデータはデータに関する(構造化された)データ(Structured Data about Data)と定義される。メタデータには、情報資源の名前や作者など従来目録や索引として作られてきたもの、利用条件など知的財産権に関わるもの、Ratingなど内容に基づくアクセス制限のためのものなど様々なものがある。

    インターネット上には非常に多様な情報資源が提供され、多様な目的で利用されている。したがって、情報資源へのアクセス性や利用性を高めるにはそれぞれに適したメタデータが必要とされる。メタデータの例をいくつか示す。Dublin Coreはインターネット上での情報資源の発見を目的として提案されたものである。INDECSでは音楽作品などを含むさまざまな出版物の権利管理を行うためのメタデータの検討を進めてきている[14]。出版物の流通を進めるにはインターネット上で情報資源を長期に渡って安定して識別できることが必要である。出版業界を中心母体として組織されているInternational DOI foundationでは出版物等をネットワーク上で一意に識別するための識別子を含む資源記述のメタデータの検討を進めている。WWWコンソーシアム(W3C)ではRating情報を記述するためのメタデータPICSの開発を進めている。このほかにも、個人の識別やプライバシーの保護に関するメタデータ、ビデオや映画のような情報資源のメタデータなど様々なメタデータが必要とされている。

    インターネット上でのメタデータの流通には、メタデータを記述するための共通の枠組が必要とされる。W3Cが開発を進めているResource Description Framework (RDF)は、XML(eXtensible Markup Language)の上に多様なメタデータを表すための記述方法を与えることになる[16]

    インターネット上での情報資源への道案内役を果たすためサブジェクト・ゲートウェイ(Subject Gateway)と呼ばれるサービスの提供が進められている。これは社会科学、医学、図書館情報学といった分野毎の情報資源に関する情報を提供し、当該分野の情報アクセスを支援するものである。たとえば、イギリスのBUBL[17]はネットワーク上の情報資源に関する情報を提供してきた。EUにおけるDESIREやイギリスのROADSプロジェクトではいろいろな分野のサブジェクトゲートウェイの構築、サブジェクトゲートウェイの構築や運営を支援するためのソフトウェアの開発などが進められている。

     

    3.5.3 メタデータについて

    3.5.3.1 メタデータの必要性の背景

    筆者はここ数年ディジタル図書館を活動分野としてきた。その中でも、最近はメタデータに関心を持っている。メタデータはネットワーク上での様々な活動を支える重要な要素である。ここでは、ディジタル図書館からの視点を基本にして、メタデータに関する私見を述べてみたい。なお、Dublin CoreRDFなどの詳細については文献[18][19]等を参照されたい。

    現在、インターネット上には非常に多数の情報資源があり、それら情報資源へのアクセス効率を高めるには情報資源に適したメタデータが必要である。図書館や博物館・美術館では所蔵資料の目録や索引といったメタデータが作られ、資料の管理やアクセスに利用されてきた。しかしながら、インターネット上の資源はあまりにも多様であるため従来の詳細に決められたメタデータの規則をそのまま適用することは困難である。たとえば、小説や論文のようなものもあれば学校や会社の案内、商品の紹介、個人のホームページ、また音楽やビデオ作品まである。また図書館や博物館の資料に限っても、たとえば本もあれば化石もあるといった具合に多様である。また、これまで利用者は図書館毎、あるいはデータベース毎に検索し、情報資源を探してきたが、将来はネットワーク上で(必ずしも図書館やデータベースを指定すること無く)情報資源にアクセスすることが要求される。

    以上の点を考慮すると、多様な情報資源の記述に適用でき、かつ情報資源を作り出すいろいろな組織あるいは個人・グループが自律的に作ることができ、かつ相互利用性(interoperability)を備えたメタデータが必要であることがわかる。従来の詳細に決められた目録規則ではこうした点に適合しないことは明らかである。そのため多様な資源に共通な性質の記述を指向したシンプルかつ柔軟な適用性を持つメタデータ基準が必要とされる。Dublin Coreはこうした観点に基づきインターネット上の様々な情報資源の発見を目的として提案されたメタデータ基準である。

    Dublin Coreは一連のワークショップと公開のメーリングリストでの議論を基礎にして形作られてきた、いわば草の根メタデータである。Dublin Coreを作り上げてきたコミュニティは図書館や博物館・美術館の人たちが中心となっているが、WWW上でのメタデータという目的ということからWWW分野を始め多彩な背景の人たちがDublin Coreの開発に貢献してきた。Dublin Coreはインターネット上の文書のメタデータやSubject Gatewayの開発のプロジェクトで実際に利用されている。また、インターネット上で直接提供されている資源に限らずより広い範囲の資源を、インターネットを利用して見つけ出すためのメタデータとして利用されようとしている。

    一方、メタデータの役割は情報資源の発見だけではなく、たとえば以下のような機能を実現するためのメタデータが必要とされる。

     

     

    利用者は目的にあった情報資源を探し出し、それがアクセス可能か、また自身の環境で利用できるか調べ、必要であれば料金を支払ってその資源を利用する。したがってネットワーク環境において、それぞれのメタデータの目的に基づく利用ができるのみならず、異なる目的のメタデータ同士を組み合わせて利用できるようにしなければならない。この意味ではResource Description Framework(RDF)が果たす役割は大きいと考えられる。

     

    3.5.3.2 メタデータへの要求

    インターネット、ディジタル図書館におけるメタデータへの要求の特徴的な点を下にいくつかあげる。

    [多様なコミュニティによる情報発信と個別化した情報要求]

    インターネットの大きな特徴のひとつは、職業的あるいは専門分野のコミュニティ、地域的コミュニティなど様々な異なるコミュニティによって提供され、利用される情報資源やサービス資源がひとつのネットワーク上でアクセス可能である点であろう。そのため、様々なコミュニティの資源が、コミュニティによることばや文化、習慣の違いをも越えて相互に利用できることが要求される。また、個々の利用者にとっては必ずしもネットワーク全体が関心の対象ではなく、ネットワークから自分の関心対象のコミュニティに属する資源を取り出すことが要求される。こうした要求に答えるには資源の内容(全文テキスト、画像、音声など)から適切に情報を抽出して作り出した索引や目録、辞書、シソーラスなどのメタデータが重要であることは明らかである。

    [安定した情報源であること]

    図書館の大きな役割の一つは資料を長期に渡って保存することである。したがって、ディジタルコレクションを長期に渡って蓄積・保存することはディジタル図書館の基本的な役割の一つである。このことは、メタデータも長期に渡って蓄積され、生き続けなければならないことを意味する。ところが、時間と共にメタデータ基準も進化し、そこで用いられる表現方法も変化していくであろう。そのため、いわばメタデータにも世代が生じてくる。したがってメタデータの世代間のギャップを越えた利用性が要求されることになる。

    [細粒度の情報要求]

    従来の目録が冊子などを単位として作られてきたのに対し、ネットワーク上では細かなデータの単位で情報が必要になる。たとえば、従来は雑誌のタイトルを単位としてアクセス制御がなされてきたが、これからは論文単位、あるいは論文の中の図・表などを単位としてアクセス制御できる必要が生じる。また、たとえばビデオデータの場合も1本のビデオを単位とするのではなくシーン毎を単位とした検索やアクセス制御が必要とされる。

     

    3.5.3.3 メタデータの観点からの課題

    計算機科学の立場からは、目録や索引、抄録などの情報の自動作成(あるいは作成の自動化)は重要な問題として認められてきている。これらは今後も重要な重要な課題であり、かつ自然言語や音声、画像データのみならずマルチメディアデータや多言語データなどより広い範囲のデータに対して適用可能な技術が求められていくことになることは明白である。

    筆者はこうした情報技術の重要性は疑えないと思う。一方、目録データや索引データそのものは実用面では重要ではあっても、計算機科学分野の研究対象としてそれほど注目されてきた領域ではないように思う。現在、WWWの発展やディジタル図書館が盛んに進められたことによってメタデータに関する研究開発、たとえばDublin CoreResource Description Framework (RDF)が注目されている。また、前に示したようにNSF-EUが共同で進めたDigital Library研究の戦略を考えるワーキンググループでもメタデータは重要な項目としてみとめられている[20]。メタデータは、それを支えるいろいろな技術と相互利用性のための広い範囲での協力が必要な分野であると思う。下にインターネットやディジタル図書館上での情報提供とアクセスに関する要求を示す。メタデータはこうした要求に答えるための重要な要素である。

     

     

    下記にメタデータに関していくつかの視点あるいは課題を並べたい。

     

     

    このようにネットワーク情報資源、サービス資源に対するメタデータをどのようにすればよいのかは今後の問題として残されていると考えられる。

     

    3.5.4 おわりに ― 将来への課題

    インターネットの普及・発展と共に注目を浴びたディジタル図書館はまだ始まったばかりの分野であり、これから発展していく分野である。ここでは将来に向けての課題を述べたい。これらの課題は制度や運用方法、それらを支える情報技術や利用環境といった面から総合的に研究と開発が進められていかなければならない。ディジタル図書館の発展には新しい情報技術の開発は不可欠である。その意味では現在の技術レベルで十分であるとは決して言えない。個々の要素の要素技術は言うまでもなく、それらを統合する技術が発展することも要求される。また、いかに新しい情報技術を流通させ、技術移転しやすくするかといった点も重要であると思われる。一方、ディジタル図書館の発展には技術面だけではなく、社会制度など利用者を取り巻く環境も重要な役割を持っている。こうした観点から下記にいくつかの課題を列挙する。

     

    (1) 保存とアクセス (preservation and access)

    「保存とアクセス」はディジタル図書館の開発におけるキーワードといってよい。一方、単に資料をディジタル化し、ネットワークからアクセスできるようにするだけでは本当の意味でのアクセス性・利用性は向上しない。ディジタルコレクションの利用性の評価は今後の問題として残されている。

    (2) 資料のディジタル化の広がり、出版物の増加とそれへの対応

    学術研究が進むにつれ学術分野はどんどん広がり、それにつれて学術出版物、特に科学技術分野での雑誌が増えていく。電子出版とディジタル図書館は資料の増大に対する問題を解決するための可能性を持っていると言われる。しかしながら、課金や複製の作成など著作権に関連するいろいろな問題が残されている。

    (3) 出版と流通の形態と利用効果

    WWW上での出版には印刷時間がかからないのでPreprintサービスのように時間的制約の厳しい出版物には有効である。一方、こうした環境は本当に利用効果があがっているのかまだ十分には分かっていない。

    (4) 知的資産の保存と利用の継続性

    ディジタル図書館は将来に渡って資料を蓄積していくことで知的財産の保存とアクセスの両方を提供することができると期待されている。一方、長期間に渡って蓄積と利用の継続を保証するための技術的課題が残されている。

    (5) 電子出版物のアーカイブ

    アーカイブは図書館の持つ重要な機能である。どのような資料を保存するかを決め、かつ系統的に保存し、アクセス性を保証しなければならない。電子出版物には利用環境に依存するものや、ハイパーテキストのように資料としてのまとまりが明確でないものがある。そのため、電子出版物のアーカイブ方法は今後の課題として残されている。

    (6) 文化的問題・倫理的問題

    暴力的あるいは性的な内容等、文化的、倫理的な観点から何らかの問題を持つ資料へのアクセスの制御はインターネットに共通の問題として認識されている。また、プライバシの保護と言った問題もある。ディジタル図書館の実現においても、こうした問題に対応するための技術の開発や社会的システムの整備が求められている。

    (7) ディジタル図書館間の相互利用性

    ディジタル図書館間で相互利用性が必要であることはいうまでもない。しかしながら、コレクションを横断的に探したり、アクセス条件を自動的に調整したりするような機能は今後の課題である。

    (8) 知的財産権

    知的財産権、著作権はディジタル図書館にとって最も基本的な問題である。現時点では、電子出版物やネットワーク上での出版・流通に関わる社会制度が十分に整っておらず、国内、国際間での整備を待たねばならない。また、法律の整備だけではなく、制度を実行するための情報技術の開発も求められている。

    (9) ディジタル図書館の経済モデル

    知的財産権の問題にも関連するが、ディジタル図書館の実現にはその経済モデルを考えなければならない。資料のディジタル化やディジタルコレクションの蓄積や維持にはコストがかかる。有料サービスに関する確立されたモデルはなく、資料の性質と形態、利用目的と方法など要素を考慮したモデルを構築していくことが求められている。

     

    ディジタル図書館に関する研究の特徴的な点は様々な要素を統合し、実際の情報資源、利用環境に適用することであろう。ネットワークのグローバル化によって必要性が増した多言語、多文化対応といった問題、大きな情報資源空間の中で個別化した情報アクセス要求を満たすことといった問題、進歩(変化)の激しい計算機技術を用いて長期間安定した情報資源の提供をすることといった点もこの分野の特徴であろう。メタデータはディジタル図書館を作り上げていく上でキーとなる要素であり、こうした特徴的な点がよく現れてくるところであると思える。こうした特徴を持つ分野の研究開発を進めていくには、情報技術からの視点だけではなく学際的な取り組みと実際的な環境での評価が必要であろう。

     

    <参考文献>

    [1] 杉本重雄, 情報機器論 (新現代図書館学講座16、田畑孝一編)7章ディジタル図書館, 東京書籍pp.207-233

    [2] Digital Libraries Initiative Projects, http://www.cise.nsf.gov/iis/dli_home.html

    [3] eLib Electronic Libraries Programme, http://ukoln.bath.ac.uk/services/elib/

    [4] Dublin Core Metadata Initiative, http://purl.org/dc/

    [5] The Digital Object Identifier, http://www.doi.org/

    [6] Platform for Internet Content Selection (PICS), http://www.w3.org/PICS/

    [7] Rusbridge, C., Toward the Hybrid LibraryJuly/August 1998 http://www.dlib.org/dlib/july98/rusbridge/07rusbridge.html

    [8] Digital Library Federation, http://www.clir.org/diglib/dlfhomepage.htm

    [9] Digital Libraries Initiative Phase 2, http://www.dli2.nsf.gov/

    [10] ERCIM Digital Library Working Group, http://www.iei.pi.cnr.it/DELOS/

    [11] Information Society Technologies Programme, http://www.cordis.lu/ist/home.html

    [12] Schauble, P., Smeaton, A.F. (eds), Summary Report of the Series of Joint NSF-EU Working Groups on Future Directions for Digital Libraries Research, http://www.iei.pi.cnr.it/DELOS/NSF/Brussrep.htm, 1998.10

    [13] 次世代電子図書館システム研究開発事業, http://www.dlib.jipdec.or.jp/

    [14] 特集メタデータ, 情報の科学と技術, 情報科学技術協会, Vol.49, No.1, 1999.1

    [15] Rust, G., Metadata: The Right Approach, D-lib Magazine, July/August 1998, http://www.dlib.org/dlib/july98/rust/07rust.html

    [16] Resource Description Framework (RDF), http://www.w3c.org/RDF/

    [17] BUBL Information Service, http://www.bubl.ac.uk/

    [18] 杉本重雄, メタデータについて - Dublin Coreを中心として, 情報の科学と技術, 情報科学技術協会, Vol.49, No.1, pp.3-10, 1999.1

    [19] 杉本重雄, Dublin Core Metadata Element Setについて ? 現在の状況と利用例, ディジタル図書館(ISSN 1340-7287),no.14pp.3-181999.3

    [20] EU-NSF Working Group on Metadata, Metadata for Digital Libraries: a Research Agenda, http://www.ercim.org/publication/ws-proceedings/EU-NSF/Metadata.html

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