平成9年度 委託研究ソフトウェアの提案

(1) 動的に変化する状況における法的推論システムの研究開発

研究代表者:新田 克己 教授
      東京工業大学大学院 総合理工学研究科 



[目次]

  1. 研究体制
  2. 2年目の研究内容
  3. 想定されるソフトウェア成果

[研究体制]

 氏 名 所  属
研究代表者新田克己東京工業大学大学院総合理工学研究科  教授
研究協力者東条 敏北陸先端科学技術大学院大学 助教授
研究協力者兼岩 憲北陸先端科学技術大学院大学
研究協力者加藤丈智東京工業大学大学院


[2年目の研究内容]

1年目の研究成果を基に「法的推論システムのための知識表現言語の開発」を 推進して「状況推論システム」としてまとめる。 同時に、1つの応用として 「法的論証構築支援ツールの開発」を行う。

  1. 法的推論システムのための知識表現言語の開発

    法的推論システム New HELIC-II の問題点を検討し、以下の2つに述べるよ うな新たな機能拡張を行った知識表現言語を開発する。

    (i)状況の導入

    素性構造, 型階層, 仮説推論等の拡張を行い、さらに状況の導入を行う。 状況としてまず Quixote 風のモジュールの概念を持つ言語を策定す る. モジュールはルールとファクトの集合であり, モジュール間の継承関 係がルールやファクトの一部をマスクし, あるいは書き換え, 与えるモジュー ルによって推論結果が環境に依存するようすを実現する. しかしながら, 本研究では状況の概念をモジュールからさらに拡張し, ルールとファクト の集合プラス型階層(の一部)であるとする. すなわち, 状況の変化・追 加はルール群・ファクト群の動的・一時的変更であると同時に型階層の一 部の動的・一時的変更であるとする. この提案の動機としては, 特に法 的推論では時間によって事物の帰属関係が変わったりすること (推論の時 間依存性), 及び法廷に登場する各人の認識の差異などを適切に表現する こと (推論の知識・信念による依存性) があげられる.
    同時に, 状況は静的事態の記述手段でもあり, 過去の判例を記述したり, 法令文を記述したりする手段ともなる. 例えば「危険な状態にあれば, 違 法行為も無罪となるときがある」というルールは, 「危険な状態」を背後 条件として,「違法行為」を含むような状況の型と「無罪」を含むような 状況の型の間の制約 (constraint) であるとして記述できる.
    また状況間の包含関係を定義することで, 上位状況の下位状況への特化 や下位状況の上位状況への抽象化などを仮説生成機能と考えることもでき る.

    (ii)項のセマンティクスの整理と時間属性の導入

    New Helic-II の H 項は LOGIN の Ψ項に追加してこの言語の独自のセ マンティクスを与えるものである. この区別は, 具体的には動詞的に用い る述語間の型階層とその中の属性構造, および述語の引数として名詞的に 用いられる型階層とその中の属性構造を区別する手段であった. しかし ながら H 項の導入は項間のユニフィケーションを甚だ複雑にしており, 同じ述語が述語として用いられたときと項の中で再帰的に述語が用いられ た場合の扱いが異なったり,変数 (タグ) のあるなしによって質問内容が 異なったりと, 項のセマンティクスが混乱を招きやすい状態にあった.
    本研究では, このような複雑な項の概念を見直し, 整理し, H 項がΨ項 において代替できるかどうかを検討する. 特に議論の本質となるのは, 項 の意味として, それが一時性・一回性のイベントであるのか, あるいは恒 久的なプロパティであるのかの区別である. 述語の動詞性はその述語で記 述される事態の一回性と捉えられ, また述語の名詞性とはその述語で記述 される事態の恒久性と解釈できる. したがって `fly(bird)' という単純 な述語記述においても, 必然的にある一匹の鳥がある機会に一度飛んだと いう事態を指すのか, 一般に鳥というものは空を飛ぶものであるのかとい う属性記述であるのか (あるいはある特定の鳥は飛ぶという属性を持つも のであるのか, すべての鳥がある一瞬そろって飛んだという事態なのか), などの混乱を生む. またこのことは同時に`A ← B' という規則と `A > B' という階層関係とのセマンティクスの差異,あるいは規則間のユニフィ ケーションの意味と言った問題まで言及する必要がある.
    特にプロパティと呼ばれる述語のそのプロパティの維持に関しては状況 依存性が密接に係わるところである. 本研究においては, あるプロパティ が成り立ったり, 成り立たなかったりするという事態の変化は, そのプロ パティをサポートする状況を入れ換えることによって実現されるものとす る.

  2. 法的論証構築支援ツールの開発

    過去に多くの法的推論システムが開発されてきている。そのうちで、素 人のための法律相談システムや、法学部学生相手の教育システムや、いわ ゆるデモシステムはあるが、専門家の使用に耐えるようなシステムは少な い。専門家が法的推論システムが実用になる為には、単なる推論システム だけでなく、 その推論結果をベースにして、さらにルールの追加/変形や ファクト仮説の生成などを行ったり、複数の推論システムの結果を比較し たりしながら、 より信頼のおける論証を構築して行く思考実験環境が必 要である。また、その際、他の人との意見交換を行う交渉支援環境も必要 である。このような環境を提供する論証構築支援ツールを開発する。
    具体的には、Pleadings Game(Thomas Gordon)を拡張し、論証案の提示、 論証案に対する反論生成、ファクト仮説の生成、新ルールの導入、論証過 程の表示、などを行い、必要に応じて、さまざまな推論機能を呼び出せる モジュールを開発する。

    
    

    [想定されるソフトウェア成果]

    (1)作成されるソフトウェア名称

    「論証支援構築ツールを含む型階層による状況推論システム」

    (2)そのソフトウェアの機能/役割/特徴

    状況推論部の機能および特徴
    • ユーザによる推論規則(述語)定義
    • ユーザによる項の属性記述
    • resolution を基礎とした推論
    • ユーザによる型階層の定義
    • 型の属性の自動継承
    • ユーザによる状況関係の定義
    • ユーザによる状況に依存した項の定義
    • ユーザによる項のイベントとプロパティの区別
    • 項間のイベントとプロパティの区別によるユニフィケーション機能

    論証支援構築ツールの機能および特徴
    • 初期ゴールの提示
    • ゴールに対する意見表明 (賛否)
    • 反論案の提示(複数の法的推論機構の呼び出し)
    • 仮説ファクトの生成
    • 新ルールの導入
    • 論証構造の表示
    • 関連事例の検索

    (3)ソフトウェアの構成/構造

    本ソフトウェアは「状況推論部」および「論証支援構築ツール」から構成され る. 各モジュールの機能は上記(2)に述べたとおりである.

    (4)参考とされたICOTフリーソフトウェアとの関連

    本ソフトウェアはICOTで開発された Quixote および New Helic II において 未解決な問題を取り上げ, 実装補完したものである.

    (5)使用予定言語および動作環境/必要とされるソフトウェア・パッケージ/ポータビリティなど

    本ソフトウェアは Sicstus Prolog 上で実装される. したがって標準の UNIX/Cのコンパイルができる環境で同 Prolog があれば動作可能である.

    (6)ソフトウェアの予想サイズ(新規作成分の行数)

    本年度作成サイズは約4000行となる予想である.

    (7)ソフトウェアの利用形態

    本ソフトウェアはIFSの成果として一般に公開し, WebのAITECのページよりダ ウンロードとして自由に使用してよいものとする.

    (8)添付予定資料

    インストールマニュアル, 操作説明書, 機能説明書. これに論文を含める形で, 全体はIFSへの成果報告書としてまとめられる予定である.


    www-admin@icot.or.jp