平成7年度 委託研究ソフトウェアの提案

(22) 並列処理による低電力 LSI 用シリコンコンパイラ

研究代表者:瀧 和男 教授
      神戸大学 工学部 情報知能工学科




[目次]

  1. 研究の背景
  2. 研究の目的
  3. 研究の内容
  4. ソフトウェア成果


[研究の背景]

従来の CAD ベンダーが提供してきた LSI 設計自動化ツールは,LSI 製造プロ セスの急激な進歩に追従するのがやっとで,並列処理による処理速度向上/機 能向上を指向することはほとんどなかった.さらに,同分野特有の階層的大規 模データ構造や動的計算が,同分野の並列処理ソフトの開発をより難しいもの にしていた.その一方で,LSI集積度の急激な増大と設計手法の高度化のため に,設計自動化ツールの計算時間はますます増加傾向を示し,並列処理による 計算時間短縮の必要性は研究者の間ではしだいに議論されるようになった.し かしながら依然として,現実のツールが並列化される動きはきわめて鈍い.

本研究開発ではそのような状況を踏まえ,KL1 と並列オブジェクトモデルに基 づくプログラム開発の効率の高さを最大限に生かしつつ,ユーザーにとって最 も魅力的な LSI 設計自動化機能に的を絞って,現実に使いものになるツール を短期間に研究開発する.そしてツールのユーザには並列処理の有用性,現実 性を示し,並列処理研究者には KL1 と並列オブジェクト指向プログラミング の有効性を示す.

また対象とする LSI 設計自動化機能としては,ここ2年間に急激に注目度の 高まってきた低電力 LSI 向けの,論理設計とレイアウト設計機能を取り上げ る.これらはまだまだ研究段階で,CAD ベンダーからの提供が始まっていない ものであり,開発に成功すれば多くの LSI 設計者に恩恵を与えるものとなる.


[研究の目的]

本研究の目的は,低電力 LSI 向けの設計自動化ツールとして,論理合成とレ イアウト設計を一体化した世界初の低電力指向シリコンコンパイラを KL1 と 並列オブジェクト指向プログラミング技術を用いて研究開発することである. このことにより,LSI 設計自動化ツールのユーザーには並列処理の有用性と現 実性を示し,並列処理の研究者には上記プログラム開発法の有効性とその中で 研究開発した各種並列処理技法を提示するものである.

研究開発の対象技術について補足する.

超低消費電力を実現する基本回路方式として,パストランジスタ論理を改良し た新方式(SPHL)を使用する.これに基づきLSIのマクロセル/機能ブロックを 単位として,論理合成からレイアウト設計までを相互連携の元に一貫して行な う新しい低消費電力用シリコンコンパイラを実現する.これらにより,従来の CMOS回路方式に対する電力削減率75%〜90%の超低消費電力LSIを設計可能とす る.

上記ソフトウェアの研究開発にあたり,並列実行に適するアルゴリズムの開発・ 改良と,並列実行で十分な処理時間短縮を実現するためのスケジューリングお よび負荷バランス方式の研究開発を行なう.動的性質の強い非データ並列の大 規模計算に対応するため,KLIC処理系と独自開発の並列オブジェクト指向言語 系を使用し,逐次実行に比べ初期目標70%〜90%の計算時間短縮を実現する.


[研究の内容]

従来のCMOS技術では達成不可能な超低消費電力ディジタルLSIを実現するため の,新しいシリコンコンパイラ方式および,それを高速で実行する計算機ソフ トウェアを研究開発するために,以下の研究を行なう.

(a)低消費電力向け論理合成方式と並列アルゴリズムに関する研究開発
開発対象の超低消費電力向けシリコンコンパイラ方式は,大きく分けて2 つの主要技術から構成される.まずその1つである低消費電力向け論理合成方 式について研究内容を述べる.

提案者らは,従来主流だったCMOS論理に対して,消費電力,速度,実装面積の すべてにおいて勝る可能性を持つ回路技術として,パストランジスタ論理に着 目してきた.そして,さらにそれを低消費電力向きに改良し,同時に組合せ論 理だけでなくデータパスの低消費電力化にも適用可能な新回路方式として, Single- Rail Pass Transistors and a Holder Logic (SPHL)を考案し,その 優れた低消費電力特性の確認をほぼ終了している.

上記回路方式は,計算機を用いた設計支援によってのみその超低消費電力特性 を引き出すことが可能となる.そこでSPHL方式のために,マクロセル/機能ブ ロック内のエネルギー・遅延積を最小化する論理合成方式を研究開発する.こ れを実現するのに,設計回路をまず規約共有BDD (Binary Dicision Diagram) に変換し,テクノロジー・マッピング,遅延計算,バッファの挿入などの最適 化設計工程を経て,4種類のサイズの異なるトランジスタを含むSPHL論理のネッ トリストを合成する方式を開発する.並列化にあたっては,計算量の多いBDD の取扱と最適化計算部分の並列処理アルゴリズムの開発に注力する.

(b)低消費電力向けレイアウト設計の並列処理方式に関する研究開発
超低消費電力向けシリコンコンパイラ方式を構成する主要技術の2つめと して,低消費電力向けレイアウト設計方式について研究内容を述べる.

前述のSPHL論理は,配線長やビアホールの最小化による消費電力削減のみなら ず,トランジスタ配置の最適化によるさらなる電力削減の可能性を有する.こ れを実現するために,前述の論理合成方式におけるテクノロジーマッピング段 階との連携により,回路上長く直列接続されるトランジスタ群を抽出する.そ してこれを一つの細長い拡散領域に連続配置する自動レイアウト方式を研究開 発する.この方式により,トランジスタのソースおよびドレイン面積を半減さ せ,静電容量減少による大幅な消費電力削減を実現する(パストランジスタの 実効静電容量の約25%を削減).本レイアウト方式は,配置改善の処理時間が長 く必要なため,この部分の並列処理方式開発に注力する.

(c)ソフトウェアシステムの研究開発
ソフトウェアシステムの研究開発にあたり,並列実行に適するアルゴリズ ムの開発・改良と,並列実行で十分な処理時間短縮を実現するためのスケジュー リングおよび負荷バランス方式の研究開発を行なう.シリコンコンパイラ方式 の研究開発の中で実現した並列アルゴリズムについて,その自動/半自動マッ ピング方式を研究開発するとともに,最適化処理においてはFGCSプロジェクト で生まれた温度並列SA法の新しい適用方法を研究開発する.また多数の並行オ ブジェクトが通信し合うプログラムモデルに基づき,負荷バランスとスケジュー リング方式を研究開発する.プログラムは,当面の目標としてプロセッサ数20〜 30台までの並列計算機でもっとも効率が良いように実現し,計算量の多い部分 モジュールから高並列処理向きに順次改良していく.用途とソフト開発要員に 応じ,KLIC処理系と並列オブジェクト指向言語処理系を使い分ける.

[ソフトウェア成果]

(1)作成されるソフトウェア名称
未定

(2)そのソフトウェアの機能/役割/特徴
本ソフトウェアは,従来のCMOS技術では達成不可能な超低消費電力ディジ タルLSIを実現するための,高性能シリコンコンパイラである.本ソフトウェ アは,論理記述または動作記述によるLSIの設計仕様を入力とし,LSIチップ上 の機能ブロックを単位としてそのレイアウト結果を出力する.本研究による主 な技術革新は次の2点である.

第1は,従来のCMOS LSIを置き換えるだけの,超低消費電力特性を有するLSI (電力削減率 75%〜90%,従来比)を設計可能にすることである. 提案者らは, 近年注目されているパストランジスタ論理を改良した新方式(SPHL)により,目 標とする低電力特性がほぼ得られることを実験的に確認した.ところがパスト ランジスタ系論理は人手設計では満足な設計結果が得られず,計算機による高 度な設計支援が必須となる.本研究では,上記SPHL方式の低電力特性を最大限 に引き出すべく,論理合成とレイアウトを一体化した新手法に基づくシリコン コンパイラを実現する.

技術革新の第2は,上記シリコンコンパイラを並列計算可能なソフトウェアと して実現し,並列計算機を利用することでLSI設計期間の飛躍的短縮を可能に することである.従来この種のソフトウェアは,並列実行で高速化することの 難しさが指摘されてきた.本研究では,第五世代コンピュータプロジェクトの 並列論理型言語技術と,提案者らの研究による並列オブジェクト指向プログラ ム技術を適用することで,並列度/スケジュール特性/負荷バランスの向上に よる優れた高速処理性を実現する.これらにより,世界初の低電力指向シリコ ンコンパイラを実用レベルの高性能並列処理ソフトウェアとして提供する.

さらに本ソフトウェアは,製造に必要な情報をすべて含んだLSI設計結果を出 力し,評価と技術移転の容易さ,実用性の高さを確保する.なお製造情報は, 協力メーカーの提供による.




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