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Up: 「ゴールに依存した抽象化を用いた法的推論の研究」に関する成果概要 Previous: 研究の内容

研究の成果

研究上の成果 前節の考え方に基づいて、下記にその概略を示す方式を設計しかつ実装した。

(1) 入力: 一階の順序ソート(ホーン)論理の節形式の知識表現T、 及び、論証構築を意図しているゴール節G。以下、トップゴールと呼ぶ。

(2) 出力・推論目標: 領域知識Tの中には、法令や事例を表すルールが含まれている。こ うしたルールのソート汎化・抽象によって法的類推を行うためのソートの 新たな類似性(型階層)を出力し new HELIC II に渡す。

(3) 推論のトリガー 事例や法令ルールの適用範囲が狭すぎるために所与のゴールが適用 されなかった場合を考察する。正確には、順序ソート単一化の失敗 により条文および判例ルールの適用が不能であった場合である。ここで 単一化の失敗は、ソート付き変数の集合族 で特徴づけられる。 GDAはこうした各 を含むソート同値類 を求めることを要求され、単一化の失敗情報がGDAに対する 制約として働く。 が後述するさらなる条件を満たす場合は 各 に対し、新たなソート new を導入し、任意の に対し を new の下位ソートとして位置づけるソート階層を アルゴリズムは返す。

(4) 統制目的に基づく推論(GDAに対するゴール) GDAが用いるゴールは、初期ゴールGではなく、類推の対象節と その法的統制目的に関わる述語(CF述語)を考える。こうしたC F述語を算出するために、対象節の論理的否定を仮説的な公理とし 追加した新たな領域理論の下で論証可能なCF述語を決定する。 そうしたCF述語の集合をCCFとしてGDAに渡す。

(5) GDAアルゴリズム 上記に述べた前処理の下で、GDAは (4) で決定されたCF述語の論証に 必要な節が必ず抽象化されるようなソート階層を算出することにより、 新たなソート間の類似性で類推の対象節の適用失敗を回復できるものを 算出する。基本的には生成テスト法を最も細かな同値類、すなわち、 ソート と類似しているものは のみであるような同値類から出発し、 順次、同値類を緩やかなものに緩和させることにより、目的の同値類を 求める手法である。同値類の間のこうした関係は束をなし、GDAは結局、 束の最小元から最大元(すべてのソートを同一視する同値類)に向かって ボトムアップに探索する。

また新たな条件として 候補同値類, かつ の下位ソートのときは 必ず も同一の同値類 に属することを要請される。 これは、 が類似し、かつ の 下位概念ならば、 は類似性を継承しなければならないことを意味し ており、類似性に対する定性的な経験則として採用している。 以下、類似性の継承条件と呼ぶ。

ソフトウエアとしての成果

ソフトウエアの概略を図 gif で示す。

  
図: ブロック図

現在は SICStus Prolog による実験版が完成している。new HELIC II が KLIC によって書かれていることを考慮し、KLIC 版を作成中であるが、本報告書作 成時点ではまだ完成していない。KLIC によるプログラミングはGDAを用い た類似性の検出アルゴリズムの設計それ自体には関係しないが、並列マシン上 での負荷分散が下記の意味で期待できる。

ソート同値類がなす束において、最小元からの最短パスによって同値類の 世代を定めるとする。ソートの同値類の生成において、 同一世代の同値類の検査やその後継同値類の計算は独立に行える。

並列・非並列に係わらず、同値類の生成をできうるだけ抑制するために 下記の点に注意を払って作成した。

a)重複パーティションは生成しない。
b)求めるべき同値類は単一化の失敗をリカバーすべきものである。 したがって、同値類の枚挙においてその条件を満たさないものは 生成しない。また同様に、類似性を継承しない同値類を 生成しないように、特殊な処理を施している。
c)KLIC版では一種の配列(ベクタ)が使用できるため、あらかじめテーブルを 作成しておくことで、ソートの包摂比較が定数時間で検索可能。

残された課題

大規模な法的知識ベースに対処するためには、さらなるソートの同値類の 枝刈規則を導入しない限り、ワーストケースでの組み合わせ爆発から 逃れることはできない。こうした新たな枝刈規則の導入のためには、やはり ソートの同値類が表すソートの類似性の意味に関する規則やデータを導入する ことが考えられよう。実際、判例や条文を現事例に類推適用してよいか否かの 判断が個人によって異なることを考えれば、個人の経験や価値観に依存する 類似性の意味制約を重要視するのは自然であろう。現在のGDAが 用いている制約は、失敗の回復条件および類似性の継承条件のみであり、 個人には依存しないものである。したがって、個人が陰に想定している類似性の モデルを推論するために必要な、新たな観測データとそのテストが必要になると 考えられる。これは、類似性そのものを束空間の中の仮説として 捉える新たな学習問題のスタートであり、今後の理論の整備とそれを 反映した高速化に期待したい。

また、個人に依存しない意味制約に関してもまだ実装していないことがある。それは role-filer 制約に関する定性的な経験則である、例えば

が類似し(ある同値類の下で同値であり)、 さらに フィラーが である場合は、 も類似する。
なる条件である。これを「ロールフィラー関係保存の条件」と 呼ぼう。この条件は、伝統的な類推の規範である構造写像理論に忠実であり、 KL-ONE ファミリーの知識表現を仮定したときに我々が求めるべき概念ソートの 類似性検出に対する自然な制約となりうると考えている。

かくして、類似性の継承条件やロールフィラー関係保存の条件等は、あたかも 求めるべき類似性に対する公理であるがごとくに振る舞い、加えて、個人に 依存する類似性に関する言明を推論システムに取り込むことで、 これまで見えていなかった類推の新たな側面が顕在化できるのではないかと 考えている。

自己評価

率直に述べよう。本研究の達成段階を1とすると報告書作成時点でのレベルは 0.222 といったところか。本格的な法律の例題も用意せず、また、類似性の概念設計、 すなわち類似性の制約条件に関する考察を進めなかったのは、ひとえに研究代表者が その責を負うべきである。しかし前節で述べたように、 階層生成としての類似性を本研究の視点で行った研究は少ない。 さらに、関連する階層生成手法の 研究成果、とりわけ、そこで用いた経験則をとりこむことにより、GDAに 基づく本研究はまったく異なる側面を近い将来に見せることを期待したい。

また本報告書では紙面の都合で述べなかったが、GDAの売りの一つである 「仮想的な事例の生成」による類似性の検証実験のための例題ができていない。 この例題は法律家を「その気にさせる」ためには必須であり早急に検討したい。



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