第2章 米国のハイエンドコンピューティング研究開発動向
2002年は、グリッド・コンピューティングが研究段階から実用段階へと移行する節目の年であったと言えるかも知れない。IBMなどの大手メーカがグリッド・コンピューティングビジネスへの本格的投資を発表して以来、「グリッド・コンピューティング」は技術系/ビジネス系のメディアに頻繁に登場するようになった。また、わが国も含めて、科学研究コミュニティでのグリッド構築が一段と加速している。以下にグリッド・コンピューティングに関する最近の動向を、@基盤技術の標準化の促進、A科学研究コミュニティのグリッド形成の加速、Bビジネス化へ向けた動きの本格化、という3つの視点から述べる。
(1)基盤技術の標準化
2000年11月にグリッド基盤技術の世界的標準化団体であるGlobal Grid Forum(GGF)が結成され、インターネットにおけるIETFと同様の手続きで標準化の作業が進められている[4]。 GGFでは2001年より毎年3回づつワークショップを開催しているが、2002年7月の第5回ワークショップ(GGF5)参加者は約900人とそれ以前(500人以下)の約2倍であり、グリッド・コンピューティングに対する関心が急速に高まっていることを示している。
わが国では2002年6月にグリッド協議会が設立され、GGFに対する標準化の提案のほか、グリッド・コンピューティングの啓蒙活動、情報共有などが実施されている。
(2)科学研究コミュニティのグリッド形成
グリッド技術は、現在の一般的なうたい文句である大規模分散コンピューティング(計算)への応用面のほかに(それ以上に?)、遠隔地にある実験装置、計算資源へのアクセスやデータベースの共有、遠隔地間でのコラボレーションなどにも応用される[3]。最近になって、様々な科学研究コミュニティの間で、主として後者の目的によるグリッドの構築が活発化してきている。以前はグリッドそのものの実証実験的意味合いが強かったが、今は科学研究への実質的貢献を目指した応用面主体のものに変わりつつある。以下に米政府の支援により構築されている(されつつある)主要な科学研究グリッドを示す。
プロジェクト名 | 支援機関 | 分野/参照サイト |
Earth System Grid (ESG) | DOE | 気候変動研究 http://www.earthsystemgrid.org/ |
Grid Physics Network (GriPhyN) | NSF | 天文学、高エネルギー素粒子物理学 http://www.griphyn.org/ |
National Virtual Observatory (NVO) | NSF | 天文学(仮想天文台) http://www.us-vo.org/ |
Network for Earthquake Engineering Simulation (NEES) | NSF | 地震工学 http://www.nees.org/ |
Biomedical Informatics Research Network (BIRN) | NIH | バイオ医学研究 http://birn.ncrr.nih.gov/ |
(3)ビジネス化へ向けた動き
グリッド・コンピューティング技術は、従来から政府支援のもとで大学と国研により研究開発が行われてきた。その後、昨年の報告書にあるように、AVAKI、Platform Computing、Entropiaなどのベンチャー企業を中心に企業化が始まった。2002年2月にはPlatform Computing社がオープン・ソースであるGlobus Toolkitの業界初の商業版である”Platform Globus”を発表している。また、最近になって、米国の大手メーカのグリッドビジネスへの参入が本格化しており、現在、グリッド・コンピューティングのビジネス化を目指している主要な大手メーカとして、IBM、Sun、HP、マイクロソフトなどが挙げられる。特にIBMはGlobus Projectと共同で、グリッドとWebサービスとの統合化を目指すOpen Grid Services Architecture (OGSA) の仕様を提案しており、GGFは2003年にこれを標準として認定する見込みである。IBMのグリッド事業責任者であるTom Hawk氏は「2005年にはグリッド関係のビジネス分野向けの売り上げが科学技術分野を追い越すことになるだろう」との見解を明らかにしている(日経IT Pro 2002年5月13日記事)。
以上のように、グリッド・コンピューティングのビジネス化の動きが活発になっているが、実際はグリッドというキーワードが先行し、後からビジネスの為の応用を考えているというのが正確な状況であろう。これをビッグビジネスに成長させるためには、セキュリティや信頼性などの技術的課題を克服することと並んで、(どのような技術にも言えることであるが)いかに技術の特性を生かしたビジネスモデルを作り、キラーアプリケーションを生み出せるかが鍵になると思われる。