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第1章 国が支援する情報技術研究開発のあり方

1.2 本年度の調査方針と調査テーマ

 本年度は、本調査の最終年度であることを意識した調査テーマを選択した。以下、その調査の背景と目的を紹介する。調査結果の概要は本報告書の第2章以下にまとめた。また、その詳細は、別冊の報告書を参照されたい。

1.2.1 米国の連邦政府のR&D計画における省庁間の役割分担と連携の仕組み

 昨年度の調査では、米国の連邦政府の研究開発支援は、単に研究開発段階に留まらず、研究成果の商品化や起業の支援、さらに、市場創成の支援と途切れなく続く「支援の連鎖」を作り出していることを述べた。そして、それが米国産業の新陳代謝と常に高付加価値の製品を生み出す企業群の創成を可能としていることを示した。この「支援の連鎖」を昨年度調査では、「フロントランナー構造」と呼んだ。

 この構造の先端は、アイデアを産み出す若手研究者を抱える大学と、それら研究者のアイデアを基礎研究としてスタートさせる「グラント」と呼ばれる小額だが使途自由の資金を提供するNSFやNIHである。グラントの成果は論文であり、論文発表により、アイデアが多くの研究者に知られ共有される。

 その後、優れたアイデアは多くの研究者により、さらに発展させられる。この段階での支援は、DOEやNASA、DARPAが行い、さらに、実用化、商品化にむけて研究開発が継続される。もちろん、その途中段階では激しい競争や淘汰がある。商品化、または起業段階では、SBIRやSTTRという支援の仕組みがある。この支援は、SBIRについては10の省庁が、STTRについては5つの省庁が競い合いながら実施している。

 米国ではこのような省庁間連携が連邦政府の研究開発計画では広く行われている。米国最大のIT研究開発計画であるNITRD計画も11の省庁が参加し連携している。このような研究開発の発展段階の一部、もしくは全部について、複数の省庁が連携して支援し、「支援の連鎖」が作られ、それが小さなアイデアから、一大市場を創成するという流れを形成している。

 わが国の常識に照らして考えれば、各省庁は、常に予算のぶんどり合戦や、新しい分野については縄張り争いを演じるとの認識がある。研究開発や調達に関しても、省庁間には壁があり、同じようなテーマの研究開発や物の調達が、ばらばらに行われ、ほとんどの場合、その間に協調や競争の仕組みはない。

 米国には、大統領府にNSTC(国家科学技術会議)、OSTP(科学技術政策局)、OMB(管理予算局)などの、省庁の上に立つ調整組織がある。これら組織は、各省庁の計画する研究開発テーマを監視し、類似テーマは一まとめにして代表するPM(プログラムマネジャー)も一人に絞り、協調や競争を起こさせる。こうすることで、研究開発の効率とスピードアップを図っているといわれている。また、このような調整により、各省庁にもメリットがあるとも言われている。NITRDにおいても、NCO(国家調整局)がこの計画全体を管理し、研究の無駄な重複を防ぎ、効率向上に大きな貢献をしているといわれている。

 本年度は、米国の研究開発における「支援の連鎖」について、なぜ各省庁にもメリットがあるのかなど、さらに深い調査を実施することとした。

 この調査報告では、我々が昨年度の調査で、「フロントランナー構造」と呼んだ「支援の連鎖」は、「イノベーション・パイプライン」と呼ばれている。この調査結果によれば、米国においても利害の対立する省庁間の調整は容易ではなく、失敗例も多いとのことである。

 しかしながら、未踏領域へのチャレンジでは、複数の省庁が協調し、多くの予算や人を投入することで、より多くの可能性を追求でき、国としても、参加する省庁としても、単独で行うより、多くのメリットを享受できるとのことである。

 「わが国の情報技術研究開発のあり方の調査」の最後の提言は、現在、ばらばらのわが国の省庁間の研究開発を連携させることであろう。それによって、わが国も国全体を挙げての「イノベーション・パイプライン」を実現し、研究開発の効率改善やスピードアップを図りたいものである。

 本調査については、本報告書の第4章に概要が、また、調査資料:「米国の連邦政府R&D計画における省庁間の役割分担と連携の仕組み」に詳細が報告されている。

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