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第3章 わが国における研究開発の状況 −課題と展望−

 

平成11年度のワーキンググループの活動は、米国の最新研究開発動向を参考に、また過去3年間のワーキンググループの活動もふまえ、次のような活動方針とした。

【方針】

米国のHPCCプログラムの中で特に技術的に興味あるものであり、標準化の動き、市場動向なども視野に入れて見たときに市場にインパクトを与えそうな分野やテーマについてワーキンググループメンバーによる技術的内容および成果の調査・評価と我が国の技術との格差などについて議論する。また、テーマによっては適宜外部講師による講演も実施する。

活動結果は我が国が行うべき情報技術開発重点テーマのマップ作成の基礎データとして活用する。

 

本章の報告は上記の活動方針に沿って、各委員の研究テーマに関連する2000年度版ブルーブックで取り上げられているものの技術的内容および成果の調査・評価と我が国の技術との格差などについて見解を執筆していただいた。

 

平成11年度ワーキンググループ委員が実際に携わっている研究テーマと、2000年度版ブルーブックを参考にした分類項目との対応付けをしてみると表3.1のようになっている。

今年度は2名の方に外部講師をお願いし、最新状況を講演していただいた。講演内容は本章の報告としてまとめていただいた。

(1)工藤知宏 講師(新情報開発機構):「ローカルエリアで高性能並列計算を実現するネットワーク RHiNET」

(2)田中秀俊 講師(三菱電機):「健康と気象のデータマイニング」

 

表3.1 ワーキンググループ委員テーマ

Blue Book 2000 委員担当テーマ
(1)アーキテクチャ

天野委員:PCレベルに繋がる光チップがほぼできた。現在、突出した性能だが使用法が不明。このあたりも考慮し、アーキテクチャ・クラスタコンピューティング・光ネットワークをサーベイし、WGに貢献できないかと考える。分野的には(1)。

久門委員:メモリ・クラスタコンピューティング。

中島委員:最近の Processor In Memory 関連研究

(2)ハードウエアコンポーネンツ

花輪委員: (2)あたり。(1)のCommodityあたりも興味はある。

(3)基礎理論およびアルゴリズム

笠原委員: (3)、(4)の間。コンパイラ関係・クラスタ・グローバルコンピューティング・スケジューリング関係。

近山委員: Continuum Computingで、その上でのソフトウェアモデル。分野は(3)並列分散コンピューティング付近?

(4)並列分散ソフトウエア

妹尾委員: (4)あたり。コンパイラに軸を置き、グローバル・分散処理を横目に睨んだあたり。

関口委員: グローバルコンピューティングとそのアプリケーションあたりでネットワークを含めた5〜10年先のもの。(4)をベースに(5)にもからむか。

古市委員:異機種分散シミュレーション接続アーキテクチャHALと並列分散シミュレーションへの応用

(5)可視化技術・シミュレーション技術・アプリケーション

秋山委員:蛋白質あたりをメインに(7)のDNAコンピュ−ティングあたり。

福井委員:シミュレーション技術・アプリケーションあたりをベースに。場合により、(アプリケーション側からみた)モデリング。

横川委員:シミュレーションの現状と将来の目標をあわせてどのくらいの性能が必要か、どういうものに役に立つのかを考える。

(6)ASCI計画  
(7)その他量子/DNAコンピューティングなど 秋山委員: DNAコンピュ−ティング

 


3.1 概要

 

3.1.1 ハイエンドコンピューティング国家戦略の必要性

笠原博徳 委員

 

ここでは、Information Technology Frontiers for a New Millennium(大統領2000年度予算教書の補足)における米国におけるハイエンドコンピューティングに関する提案をまとめると共に、我が国におけるハイエンドコンピューティング戦略の必要性について論じる。

 

3.1.1.1 NSTC(National Science and Technology Council)国家科学技術委員会

 

まずInformation Technology Frontiers for a New Millenniumの発行母体はNSTC(National Science and Technology Council)国家科学技術委員会であり、これはOSTP(Presidential(White House)Office of Science and Technology Policy)の下部組織として、大統領が、科学、宇宙、技術を連邦政府横断的にコーディネートするため1993年に設立したものである。

この委員会の議長は大統領であり、委員は副大統領、科学技術担当大統領補佐官、閣僚秘書、特に深く科学技術に関連するエージェンシィ長、ホワイトハウス官僚等から成っている。委員会の主目的は、

・情報技術及び保険衛生から輸送システムの改善

・基礎研究の強化に至る分野に対する連邦政府科学技術投資のための明確な国家目標の確立

である。

 

NSTCは、下記の5つのコミッティを持つ

 

■   Committee of Environment and Natural Resources

■   Committee on International Science, Engineering, and Technology

■   Committee on National Security

■   Committee on Science

■   *Committee on Technology (CT)

この5つのコミッティの内、今回の調査の対象となるCT(テクノロジ委員会)は、さらに下記の7つのR&Dサブコミッティを持っている。

 

■ Interagency Working Group for the U.S. Innovation Partnership

■ Interagency Working Group on Critical Infrastructure Protection R&D

■ Partnership for New Generation of Vehicles

■ Subcommittee on Building and Construction

■ Subcommittee on Materials

■ Subcommittee on Transportation R&D

■ *Subcommittee on Computing,Information, and Communication(CIC)R&D

 

3.1.1.2  CIC(コンピューティング、情報、通信R&Dサブコミッティ)とHPCC R&D

 

この内、ハイエンドコンピューティングを扱う、CIC(コンピューティング、情報、通信R&Dサブコミッティ)は、HPCC R&Dに参加する12のエージェンシィの代表とOMB(White House Office of Management and Budget)とOSTPからの代表で構成されている。このCICは、さらに下記のような5つのワーキンググループと複数のサブグループを持っている。

 

■ High End Computing and Computation(HECC)WG

■ Large Scale Networking(LSN)WG

・ High Performance Networking Applications Team(HPNAT)

・ Information Security Team(IST)

・ Joint Engineering Team(JET)

・ Networking Research Team(NRT)

■ High Confidence Systems(HCS)WG

■ Human Centered Systems(HuCS)WG

■ Education, Training, and Human Resources(ETHR)WG

 

その他にFISAC(Federal Information Services and Council)がある。

 

現在のHPCC R&Dプログラム(以前はCICと呼ばれた)は、前記CICのWGに対応した5つのプログラムコンポーネントエリア(PCA)により構成されている。

このHPCC R&DマルチエージンシィR&Dプログラムの2000年度予算は、$1462 Millionで、$1314 Millionであった1999FY(予算年度)に比べ11%増加している。

 

また、NCO /CIC(The National Coordination Office for Computing, Information, and Communications:コンピューティング、情報、通信に関する国家調整局)という組織が、CIC R&D サブコミッティのサポートを行っている。また、この組織は同時に後述するPITAC(大統領の情報テクノロジ・アドバイザリ委員会)、IT2 (21世紀イニシアティブ情報テクノロジ・プロジェクト)のとりまとめもサポートしている。

 

なお、PITACは、このHPCCにおけるNCOと各エージェンシィ代表を集めたワーキンググループの構成は、エージェンシィ間協力の良いモデルであり、今後IT(情報テクノロジ)R&D全般に取り入れられるべきであると提案している。

 

3.1.1.3 PITAC(President’s Information Technology Advisory Committee)

 

1997年2月にClinton大統領が、将来のIT R&D強化を目指し、High Performance Computing, Communications, Information Technology, Next Generation Internetに関するアドバイス並びに、連邦政府の役割に関する評価、を受ける目的で設置したコミッティであり、大学、産業界リーダ26人から構成されている。

主要な活動としては

1998年 8 月   暫定レポート発行

    11 月4日 SC98(オーランド)のタウンホールミーティングで公開

1999年 2 月4日 “Information Technology Research: Investing in Our Future” を大統領に提出が挙げられる。

 

(1)PITACの評価結果、提案の概要

 

PITACによる主な評価結果と提案の概要は以下である。

 

・情報技術の経済的・戦略的重要性から、情報技術R&Dに関する連邦予算を増大させるべき。

・現在のIT研究に関する連邦のサポートは、産業界の競争的環境の影響から短期ミッションオリエンテッドなものに集中し、長期・ハイリスクの研究サポートは削減されており、不適切である。

・連邦政府は戦略的なイニシアティブを確立し、2004年度までに$1.37billion(約1400億円)程度増大させ、その増額した分は夢のような研究・ハイリスクな基礎研究を促進するために使うべき。そのために、研究期間の延長、研究サポートの方法の多様化を考えるべき。

・NSFが基礎研究でリーダーシップを取るべき。

・IT R&Dのための Senior Policy Official を選定すべき。 

・HPCCプログラムコーディネーションを全ての主要IT R&Dに拡張すべき。

・研究目的と研究費に関する年次報告を行うべき。

 

等である。

 

(2)High-End Computingにおける重点研究課題

 

また、PITACは、高速計算とデータ転送能力を持つ超高速コンピューティングシステムが、気象・環境予測、高度生産デザイン、新薬の開発、国家クリティカルインタレストのサポートのために必須であると提言している。

 

特にこの提言の中では、以下の項目に速やかに研究費を重点配分すべきと主張している。

 

■  革新的コンピューティング技術・アーキテクチャ

■ 将来のアプリケーションが要求するメモリバンド幅確保のためのレーテンシを隠蔽するメモリ階層設計、光、量子、バイオ、ニューロコンピューティング、ハード・ソフト協調型アーキテクチャ

 

■  ハイエンドコンピューティング性能向上のためのソフトウェアR&D

High-End Computerの性能及び効率向上のためのソフトウェアに投資すべき

■ 特にシステムソフト:言語*、コンパイラ*、OS、ランタイムライブラリ、ファイルシステム、I/Oドライバ、デバッガ、チューニングツール*

(*コンパイラに関しては、国内でも通産省アドバンスト並列化コンパイラプロジェクトでサポート予定)

ソフトがpetaopsシステムの開発においてより重要な役割を果たす。

■  ハード/ソフト戦略のバランスをとり、2010年までに実アプリケーションに対してpetaopsあるいはpetaflopsの持続性能を得るためのHigh-End Computing研究を立ち上げるべき

 

àこの提言はBlue Book中で記載されているHTMT(Hybrid Technology Multithreaded)architectureプロジェクトの推進にも連携している。

 

HTMT(Hybrid Technology Multithreaded)マシンプロジェクト

 

Caltech/NASA JPLのDr.Thomas Sterlingを中心に多くの研究機関が連携して、Petaopsを目指し、超伝導技術、光インタコネクト(データボルテックス、3Dホログラフィックメモリ)、ハイスピードVLSI技術、大容量磁気ストレージ技術等の革新的な技術を組み合わせハイパフォーマンス・コンピュータを開発するプロジェクトで、1999年度の成果により2000年度よりプロトタイプの開発を開始することになっている。

また、Blue Book中では2006年頃の完成を目標としているが、今年の5月31日から6月1日に早稲田大学国際会議場にて開催される2000年記念並列処理シンポジウム JSPP2000でのDr.Thomas Sterling招待講演アブストラクトでは2005年完成予定と1年計画が前倒しされている。

 

■  科学・工学分野の研究をサポートするために最もパワフルなHigh-End Computingの獲得

■ NSF PACI(Partnerships in Advanced Computational Infrastructure)Centers, NSF National Center for Atmospheric Research,  DoE ASCIに予算を重点配分すべき。それらに加えDoD, DoE, NASAもミッションオリエンテッドな研究のためにマシンを獲得すべき。

■ HECC WGのコーディネーション機能を全主要政府High-End Computingプロジェクト(DoE ASCI, DoD HPCMP: High Performance Computing Modernization Program, NASA関連プロジェクト等を含めて)へ適用すべき。

 

3.1.1.4 IT2 :Information Technology for Twenty First Century Initiative

 

PITACの提案を受けて、大統領は2000年度 R&D予算のハイライトとしてIT2 (Information Technology for Twenty First Century Initiative)を計画している。これは、21世紀に向けた情報革命を持続するために、基礎情報科学における知識ベースを進歩させ、次世代研究者の育成のために$366 Millionの追加投資を行うというものである。

 

この研究費は、NGI (Next Generation Internet), DoE ASCIを含めたHPCCに加え、以下の3つのキーエリアに配分されるべきと述べられている。

 

・コンピューティングと通信分野における基礎的な進歩を導く長期的IT研究

・ 国民に利益をもたらす科学的、工学的発見を促進するツールとしての先端的コンピューティングインフラストラクチャ

・情報革命がもたらす社会・経済効果に関する研究及び大学におけるIT従事者の育成

 

また、議会で承認されれば、HPCC R&Dプログラムと統合し進められるべきと提案されている。

 

3.1.1.5 提案

 

上記、米国 Information Technology Frontiers for a New Millennium、PITAC(President’s Information Technology Advisory Committee)提言で記載されている事項を踏まえ、我が国においても21世紀のITを中心とした産業競争力の確保・強化、基礎研究の強化を行っていくためには、ハイエンドコンピューティングに関する中・長期戦略を考えていくことが必須と思われる。

 

具体的にハイエンドコンピューティングに関連して至急考慮すべき事項には、以下のようなものが挙げられる。

 

@ HPCC R&Dプログラムの様に省庁横断的な研究プロジェクトにより、21世紀の情報産業並びにHigh End Computerを使用して製品開発を行う産業、21世紀を支える基礎研究を促進するために日本でもHigh End Computing研究をさらに進めるべき。
 これに関連して国内でもミレニアムプロジェクトのような省庁横断的なプロジェクトが行われている。このような努力をさらに進めていくべきと考える。

 

A HECCのような関連省庁代表が委員となる委員会の設置を検討すべき。

 

B PITACに対応するような日本の将来戦略を提案し、現在の省庁にわたる研究プロジェクトの評価を行うような仕組みを検討すべき。

 

C 米国ではPITACによる2010年までに実効性能PFLOPSを達成するハイパフォーマンス・コンピュータを開発するという提言を受け、 2005年PFLOPS(ピーク性能と考えられる)を目指したHTMTプロジェクトがスタートしようとしている。これに対し、日本では2001年度の地球シミュレータ以降の大規模計画は策定されていない。

至急検討を開始すべきである。

 

この内容にも関連し、本年6月1日に早稲田大学国際会議場で開催されるJSPP2000ミレニアム記念スーパーパネルディスカッション“ペタフロップスへの道”で、我が国の産学を代表する研究者・技術者を集め、

 

・日本においてペタフロップスを目指すようなハイパフォーマンス・コンピュータの開発は必要か?

・必要な場合には、小さな市場、莫大な開発費を考えてどのように開発すべきか?
国家プロジェクト?、企業間連携?、産官学の協力? など、どのようなアプローチを取るべきか?
また、開発時期はいつが適切か?

・日本において開発する場合にはどのような目的(アプリケーション)で使用されるべきか? またそのようなマシンが世界にどのように貢献できるか?

・アプリケーションを設定する場合、アプリケーション研究・開発者とアーキテクチャ、システムソフトウェア研究・研究開発者の協力のあり方

・ペタフロップスあるいはさらに先のハイパフォーマンス・コンピュータを開発する際には、どのようなアーキテクチャ、システムソフトウェア、アプリケーションにどのような技術的課題があるか?

・もし国内でのハイパフォーマンス・コンピュータの開発が必要ない場合には、情報産業は何を牽引力として技術開発を行うべきか?

などが議論される予定である。

 

このような学会活動も通して、ハイパフォーマンス・コンピュータに限らず、21世紀のITを支える中・長期技術は何か、またどのように振興すべきかを産官学で継続的に検討していくことが、21世紀も日本が持続的産業競争力をもつために必須であると考えられる。

 

D PITAC、HECCが推進するHigh End Machine用ソフトウェアの重要性を認識し、ソフトウェアに関する研究をさらに促進すべきであると考えられる。


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