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3.1.3 情報・エレクトロニクス産業振興策およびアーキテクチャ技術の貢献についての私見

    濱中直樹 委員

 

3.1.3.1 情報・エレクトロニクス産業の現状

 1970年代から1980年代にかけて我が国の情報・エレクトロニクス産業は、主として米国の情報・エレクトロニクス産業をキャッチアップしようと猛追を試みた。その結果、世界トップクラスの情報・エレクトロニクス産業が確立した。この過程においてハードウェアからソフトウェアに至るまでの全てを一社でカバーする「総合電算機メーカ」が誕生した。

 この猛追が成功した背景には色々な要素があろう。ただ、猛追の方向を示した通産省の指導や、それを具現するための高い目標を掲げた国家プロジェクトが大きな役割を果たしたことは周知の通りである。

 1990年代には、まず米国にて高性能マイクロプロセッサ技術とインタネット技術に立脚する新規産業が急速に進展し、世界規模で急速に普及しつつある。これにより電子計算機に対する世界観は激変、これに伴い情報・エレクトロニクス産業の供給する商品構成も大きく影響を受けた。また、ドッグイヤーと称する極めて短ピッチの商品サイクルが定着した。

 この過程においては、米国を中心とする専業メーカが、なかでもベンチャ企業が果たした役割が大きいことは周知の通りである。なぜベンチャ企業が躍進したかについての詳細な分析は諸処で語られているので省略する。ひとことで言うなら、(1)過去の経緯に縛られない自由な発想、失敗してもやり直せる社会環境、損失をベンチャキャピタルが負う仕組み等によって、アイデアの芽を軽快なフットワークで育てられる雰囲気が米国にあること、(2)新規産業であるがゆえに成功すれば莫大な利益を享受できるため所謂アメリカンスピリットに合致すること等が考えられよう。

 現在までの延長線で推移するならば、今後の情報・エレクトロニクス産業は次のようになるであろう。

 

(1)マイクロエレクトロニクス分野での巨額の先行投資を緩和するための企業間アライアンスが活発になる。先行投資に耐えられない企業はこの分野からドロップする。

(2)先進技術に即時追従するための企業間アライアンスやベンチャ等専業メーカの買収が活発になる。先進技術に即時追従できない企業は利益を上げられずドロップする。

(3)企業間アライアンスにおいて有利な技術、すなわち利益に直結するような技術の開発がますます活発になる。これを開発できない企業は企業間アライアンスに参画できず、最終的にはドロップする。

 

3.1.3.2 デバイスから応用ソフト・コンテンツまでを束ねるフラグシップの意義

 上記のように推移していくと、今後次の様な問題が発生すると考えられる。

 

(1)一部ユーザのためだけの情報革命

 情報化投資によって恩恵を受けたユーザが再度情報化投資を行なうという循環が発生する。メーカ側は利益を生まねば生き残れない境遇にあるので、声の大きいユーザの意向を優先せざるを得ない。そのため、情報技術の恩恵はビッグユーザに偏る。

(2)先行技術開発の弱体化

 アライアンスや企業買収によって「先進技術は購入により調達」という風潮が高まると、技術やノウハウの蓄積が困難になる。そのため先行技術開発も困難になる。また、商品サイクルの短ピッチ化により、次機種の完成はは5年後ではなく1、2年後になる。それゆえ「将来」に対するイメージは現在に向かって引き寄せられ、長期的視野に立った組織的な基礎技術開発は困難になる。そのため、順次必要になる将来技術の開発において、未着手のまま放置される大きな空白地帯が発生する可能性がある。

 

 上記のような問題点があるため、「情報インフラ」は水道・電力・電話のようなレベルの「社会インフラ」に到達しているとは言い難い。また、技術開発自体が利益中心で推移している現状では、「社会インフラ」に向かっていくための大きな方向性が徹底されているとも言い難い。

 情報技術が人々の暮らしを豊かにすることは明らかであろう。それゆえ、この状況を打破し、「情報インフラ」を「社会インフラ」のレベルに進化させることを通じ、万人が情報技術の恩恵を十分に享受できるようにする必要がある。そのためには、利益中心では推進しにくい分野に投資や政策面で国家が支援するのが効果的である。支援によって得られる成果は、国内のみならず海外にも適用できるようにすべきことは言うまでもない。しかし、このような支援を散発的にせず、大きな効果をもたらすためには、方向性の提示、すなわち、フラグシップが必用になる。

 このフラグシップは、「社会インフラ」の整備に関連するので、遠大な計画と多額の投資を伴うことになろう。そのため、ここで必用なフラグシップは、国民的理解を得やすく、かつ、短期間で陳腐化しにくいことが必須である。1960年代、米国では「人類を月へ」というキーワードのもとに技術開発が行なわれ大きな成果があったのは周知の通りであるが、これに匹敵するレベルが必用になると思う。例えば「情報の下の平等」のような。

 

3.1.3.3 フラグシップの下での産業振興ならびに新規産業育成

 上記のようにして設定したフラグシップを効果的に活用して産業振興ならびに新規産業育成に結び付けるためには、以下が必用になるだろう。

 

(1)政策の明示

 フラグシップの明示ならびに周知徹底と、長期にわたる推進計画、中でも投資計画を明示し、世間が短期的な利益中心のみで行動しないようにする必要がある。

(2)制度支援

 フラグシップに向かって行動していく企業が、現代の厳しい競争の中でフェードアウトしていかないようにするためには、現在行なわれつつある産業界再編や国際的アライアンスを推進するような制度面での支援が必用になる。そのためには、例えば、独占禁止や知的所有権に関する法令ならびに輸出入や公害防止等の規制を諸外国との協議のもとに共通化し、企業が世界を舞台にして迅速に行動できるようにする必要がある。また、企業が必用な人材を速やかに集められるようにするために、労働市場確立を推進する必要がある。労働市場確立を国家が直接遂行することは困難であろうが、企業間での人材流動の抑制要因のひとつと考えられる年功主義や退職金制度緩和のため、雇用契約に成果主義を選択できるよう義務づけるなど、間接的には工夫の余地があると思う。

 また、新規産業の育成にはベンチャ支援が必須である。そのために、ベンチャ自体あるいはベンチャキャピタルに対する税制支援等が考えられる。

(3)計画的な要素技術先行開発の推進

 フラグシップを完遂するためには、それに必用な全ての技術を首尾良く開発していかねばならない。必用な技術の中には、それ自身が大きな利益に結びつかない技術、産業界から見ると遠い将来に見えるが学術界の興味を引きにくい技術など、地味ではあるが地道に推進しなければならない技術も含まれるだろう。これら技術に対してのプロモート活動を通じ、先行開発に空白地帯が生じないようにする必要がある。

 

3.1.3.4 技術開発の推進イメージ

 以下では、フラグシップの下での技術開発に論点を絞る。フラグシップとしては先に例示した「情報の下での平等」を仮定する。

 上記フラグシップを仮定すると、その恩恵を受けるユーザとしては、特に情報・エレクトロニクスに明るい訳ではない一般的な人々を想定する必要がある。このようなユーザの特性としては、(1)多量の情報受信と少量の情報発信、(2)身近な情報・エレクトロニクス機器には家電的な操作性を要求、という事項を想定する必要がある。また、情報の洪水に溺れぬようにして真の恩恵を受けるためには、受信する情報の種類として大多数の平均的な人々相手の情報ではなく、各個人に最適化された情報を得る必要がある。すなわち、(3)マスメディアからパーソナルメディアへの移行、も想定すべきである。

 陳腐な言い方ではあるが、これらの用件を標語的に表現するならば、「世間に存在する多量の情報の中から、自分の欲しい情報を、いつでも、どこでも、だれでも、直ちに利用可能」ということが目標になるであろう。この目標を分解して技術と対応付けると次表のようになる。フラグシップ完遂のためには、表に掲げた各技術の将来を見据えて用意周到に推進していく必要がある。

 

表1 目標と技術の関係

目標

対応する情報・エレクトロニクス技術

世間に存在する多量の情報

大規模データベース、分散データベース

の中から、自分の欲しい情報を

データ検索、データマイニング

いつでも、どこでも利用可能

モバイル端末、無線/有線NWコンピューティング

だれでも利用可能

高度ヒューマンインタフェース

直ちに利用可能

高性能DB/DMサーバ

 

3.1.3.5 アーキテクチャ技術の貢献

 以下では更に論点を絞り、フラグシップ完遂のために必用な技術の中で、アーキテクチャ技術が貢献すべき項目と、貢献にあたって強く意識しなければならないと考える点を述べる。

 まず、アーキテクチャ技術という用語をどのような意味で使うかについて述べる。

 近年、アーキテクチャという用語は多様な意味で使われるようになった。この中で、本稿での主張の位置付けを明確にするために、以下では「ソフトウェアから見たハードウェアの仕様」、すなわち「ソフトウェアとハードウェアの界面」に関連するハードウェア技術をアーキテクチャ技術と呼ぶことにする。

 フラグシップを完遂するために必用な技術として前節に提示した情報・エレクトロニクス技術の中で、上記定義に基づくアーキテクチャ技術が貢献すべき分野と具体的な主要技術は表2の通りであると考える。

 

表2 アーキテクチャ技術の貢献分野と主要技術

アーキテクチャ技術の貢献分野

主要技術

高性能データベースサーバ

高性能マイクロプロセッサ

高速半導体メモリ利用メモリサブシステム

マルチプロセッサ構築用高性能チップセット

モバイル端末

低電力マイクロプロセッサ

低電力システムLSI

 

 表2に示した主要技術は、現在の技術分野としてはそれぞれ独立した専門領域と見なされがちであるが、LSI技術をどのように利用するか、という点では共通項が存在する。

 今日のアーキテクチャ技術を推進するにあたっては、いかなるアーキテクチャ技術であっても、LSI技術と密接な協調関係無くしては成立しない時代になっている。そして、LSI技術の進化に伴ない、これまではLSI技術の中での課題がアーキテクチャ技術にも見えるようになった。

 

(1)高速化に伴う課題

 これまではLSI技術のトレンドに沿って高速化されるとの考えで多くのアーキテクチャ技術は進展してきた。確かにゲート遅延は順次低減しているが、LSIの微細化に伴ってゲート遅延よりもむしろ配線遅延が支配的になってきている。また、LSIの内部周波数の著しい向上と比べLSI間の信号伝送周波数の向上は穏やかである。そのため、LSI内部・外部を含め、実現するための物理構造を強く意識してアーキテクチャ設計を行なわないと実用に耐えるアーキテクチャとは言えない時代が来ている。このような傾向は従来からも超高性能計算機の分野には存在したが、近年この傾向がますます強まっている。

(2)微細化に伴う課題

 微細化によってLSIに搭載可能な回路数は増大している。また、高速化に伴い回路あたりの消費電力は増大する傾向にある。そのため、LSIあたりの消費電力は増加の一途にある。特に、高性能向きLSIではこの傾向は顕著であり、いずれ空冷の限界に到達すると考えられる。そのため、冷却に関連する物理構造を意識する、あるいは、アーキテクチャ的な技法による回路動作のオン/オフを意識するような要求が高まる。
 また、微細化に伴って回路各部の挙動を巨視的な電流としてモデル化することは次第に困難になり、個々の電子の量子力学的な振る舞いを考慮すべき時代が迫っているとも聞く。このこともアーキテクチャ技術に大きな衝撃を与えると考えられる。

 

 上記のような課題に伴い、アーキテクチャ技術の発展を考慮するにあたってのLSI高度活用がますます大きな位置を占めるようになる。

 以前は設計効率追求のために設計の階層化が重要視された。その中で、アーキテクチャ技術を考える上では、ハードウェアはディジタル回路として把握すれば済む時代が続いてきた。しかし、これからのハードウェア、特に、高性能あるいは低消費電力というような極限を求める分野においては、ハードウェアをアナログ回路的なセンスで見る必要が生じている。つまり、従来の様な設計階層に固執してはいられない時代が来ている。

 そのために必用なことは、LSIの特性を活かしたアーキテクチャ設計である。具体的には、ソフトウェアのセンスで応用を分析し、電子回路あるいは実装構造のセンスでインプリメントをイメージするような手法が必用になる。しかしながら、LSI技術の細部までアーキテクチャ技術者が立ち入ることは困難である。そのため、アーキテクチャ技術とLSI技術との間でのGive and Takeの関係作りが重要になる。

 アーキテクチャ技術からLSI技術へのGiveの第一歩としては、フラグシップ完遂のためにアーキテクチャ技術が推進すべき項目を明確にした上で、これをLSI技術の言葉に翻訳してLSI技術の目標を明確にすることが挙げられる。すなわち、アーキテクチャ技術からの必然的な要求をLSI技術に対してロードマップとして提示することである。そのロードマップには、必要になるチップサイズ、ピン数、ゲート遅延、配線層数などが表現手段として登場するだろう。

 このような表現手段は必ずしも新しい表現方法ではなく、これまでしばしば使われてきた。しかし、今後は、これまで以上に要求の意図を明確にしてこれらの表現を使用する必要がある。なぜなら、先述の通り、LSIと応用の関係が密接になってきているからであり、それが故に、一般には非常に大きな投資が必要になるLSIの技術開発の方向性決定において、応用技術からの意見の影響度が高まってくるからである。そして、応用技術およびLSI技術双方の事情を勘案して適切なソリューションを提供するのがアーキテクチャ技術の貢献であろう。

 

 以上、アーキテクチャ技術がフラグシップ完遂に向けて貢献すべき方法について概観した。最後に、上述のような貢献を遂行できる人材について考えてみる。

 同じ電子計算機技術と言えども、応用技術からLSI技術に至るまで研究開発分野が細かく分業化されてしまった今日、上記のような役割を遂行できる人材は極めて限られた存在になってきている。そして、そのような人材は、組織的に育成されているのではなく、当事者の興味と能力によって言わば自然発生的に育っているに過ぎない。

 今後アーキテクチャ技術が世の中に貢献していくためには、このような人材を多量に育成する必要がある。このような人材の育成には、高い目標を掲げある程度の期間継続して取り組めるような環境を設定する必要がある。しかし、今日の情勢の中では、一般企業の中ではこのような環境を設定することは難しい。そのため、このような環境を設定し、安定して維持して行くことが、フラグシップ完遂のため国家に期待されるもうひとつの大きな役割なのであろう。

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