例えば、終業直前に新しい発想が浮かんだ場合 でも、その制約により、残業が出来ない場合も 多い。しかし、(財)新世代コンピュータ技術開 発機構では、就業規則の運用が緩やかだったの で、必要であれば、夜通し仕事をすることも可 能であった。第五世代コンピュータ・プロジェ クトのような先進的な研究開発は、発想が浮か んだときに、きりのいいところまで研究できる 環境が重要であり、その意味で(財)新世代コン ピュータ技術開発機構のとった体制は適切で あったといえよう。 A研究者の集積効果 コンピュータのソフトからハードまで通じた 優秀な人材が多数(財)新世代コンピュータ技術 - 118 - 開発機構にいたため、その分野での最先端の技 術情報を入手することが容易であった。そのた め、専門外のちょっとした問題で立ち往生する ことを避けることが可能だった。 また、第五世代コンピュータに興味のある内 外の研究者が(財)新世代コンピュータ技術開発 機構に来訪したり研究員として一時滞在したた め、研究員は研究所にいながらにして第五世代 コンピュータ分野に関連した世界最先端の技術 情報が入手できた。 Bトップダウン、ボトムアップの融合 トップダウンの例としては、前研究所長の渕 一博氏、現研究所長の内田俊一氏のリーダー シップが挙げられる。両者のリーダーシップ は、このプロジェクトおいて重要な役割を示し た。例えば、コンピュータの使用言語とソフト ウェア開発環境をとっても、前期はDECマシ ン上のPROLOG、中期はPSI、SIMPOS上 のESP、後期はマルチPSI (又はPIM)、 PIMOS上のKL1というバウンダリー・コン ディションが所長によって決められていたた め、プロジェクト参加者全員の思考の基盤が共 通しており、プロジェクト自体に対する求心力 となった。 ボトムアップの例としては、入社年次の違い によらず、発想の価値によって評価される体制 が挙げられる。企業ではたとえ間違っていたと しても先輩に対して強弁に自分の意見を主張す ることははばかれるが、(財)新世代コンピュー タ技術開発機構は、各企業からの寄せ集めで あったため、年齢の差などは気にされることは なく、有用な意見であれば採用される風潮が あった。 (財)新世代コンピュータ技術開発機構は、こ のようにトップダウンとボトムアップがほど良 く融合したプロジェクトであったといえる。 C明確な計画 プロジェクト発足時より明確なスケジュール 管理があったため、ある時期までに何をしなけ ればならないか各人明確な意識を持っていた。 各個人の目標は、短期的には毎週の所議、室議 や随時開催される進捗打合わせ、月1回程度開 催されるタスク・グループ会議、中期的には年 一回の拡大所議(全員参加)、外向けの成果発 表会、情報処理学会や各種国際会議、長期的に は前期・中期・後期毎に開かれた国際シンポジ ウムに発表することである。したがって、これ らの目標の具体的内容はそのまま前期、中期、 長期のプロジェクト全体の成果目標に依存して おり、それらが各研究員に周知徹底されてい た。 D研究のバックアップ体制の完備 いくつかの特定の研究項目については、ワー キング・グループを作り関連分野の第一線級の 研究者を集め検討していたことが、研究所の研 究員のレベルアップにつながった。 事務的な面は、日本情報処理開発協会等の出 向者が中心となって、国際交流、実験機器の設 営管理、予算管理、庶務、広報等の業務を一括 して行っており、研究員は各自の研究のみに専 念できる体制となっていた。 むろん、全て良い評価ができる訳ではない。 以下では、(財)新世代コンピュータ技術開発機 構の研究体制についての欠点を論ずる。 @組織としての技術蓄積の欠如 前述のとおり、研究所は所長以外は出向者で あるため、原則として、2〜3年経つと出向者 は親元の企業へ戻らなければならない。しばし ば、研究が波に乗った時期に企業に戻ることに なるので、それまでの技術蓄積が必ずしも後任 者に伝わらない傾向がある。また研究者には、 - 119 - 前任者等が行っていた研究を引き継ぐよりも、 できれば自分独自の研究をしたいという願望が 強いため、前任者の蓄積を意図的に引き継がな い傾向もあった。 A放任主義 各人の自助努力に任せられた部分が大きかっ たので、一部の人間だけが伸び、それ以外の人 は成長しない、悪い意味での放任主義の弊害が でる。 B指揮系統の不明確さ 室長以下のチームリーダークラスが指揮命令 系統で、どの程度権限を持ちえるのかが不明確 であった。また、チームリーダーは主に民間企 業から来た出向者が勤めていたが、同業他社の 出向者に対して遠慮する面もあり、必ずしも十 分なリーダーシップを発揮できない状況があっ た。 4.第五世代コンピュータ・プロジェクト の研究成果の評価 技術政策において最も重要な評価の視点は研 究成果そのものであるが、当該プロジェクトは 国際貢献の観点でも重要な役割を示したので、 以下では当該プロジェクトについてこの二点か ら評価する。 (1)研究成果の観点 第五世代コンピュータ・プロジェクトのよう な大規模なプロジェクトに、プロジェクトが終 了してすぐに、技術的な評価を加えるのは難し い。ここでは(財)新世代コンピュータ技術開発 機構の研究成果の一つである論文数を整理する ことにとどめ、当該プロジェクトの最終的な技 術評価は後世の研究に委ねることとする(注 15)。 (財)新世代コンピュータ技術開発機構では、 論文を研究論文(TR: Technical Report) と研究速報(TM: Technical Memo- randum) に分けて発表している。表3のとお り、1995年3月末現在でTRは914件、TMは 1457件発表されている。 表4に学会等で発表した件数の推移を示す。 データの制約上1986年以降のデータしかない が、主要学会全体で2240件投稿されている。特 に、情報処理学会、日本ソフトウェア科学会、 電子情報通信学会、人工知能学会への投稿件数 が多い。また、海外の学会等においても数多く の論文が発表されている。このように(財)新世 代コンピュータ技術開発機構から国内外を含め 数多くの論文が発表された。渕前所長等研究所 の幹部は、国内外での学会発表を奨励してい た。もちろん前述の国際貢献の一環という趣旨 からであったが、学会は、発表を聞いた第三者 からの客観的な評価を聴き、議論することで研 究をさらに進めるための重要な機会でもあった からだ。 提出された論文数は、その個別の論文が優れ ているか否かに関わらず、一つの研究成果とし てカウントされてしまう。したがって研究成果 の「質」も考慮に入れた客観的な評価といいが たい。そこで一つの評価基準として論文引用数 を検討してみた。論文引用数とは、ある論文が 他の文献によって引用された件数を数えたもの であり、個々の論文がその後の研究にどれだけ の影響を与えたかを示す一つの指標と考えるこ とができる。より客観的に判断するため、(財) 新世代コンピュータ技術開発機構に8年以上在 籍していた人間11名と日本のA大学B学科(コ ンピュータ関連)所属の教授、助教授、講師8 名、同じく国立のC研究所のコンピュータ関連 の研究に従事している研究者12名、海外で(財) - 120 -