体を係数環とする多項式環のイデアルの標準基底であるグレブナ基底は、近年 の計算機代数における金字塔的研究成果の一つであり、Maple、Mathematica 等の商用数式処理システムにおいて、なくてはならない最重要ツールの一つに なっている。IFSのGDCCおよびCALにおいても、複素数あるいは実数上の制約を 解くために、有理数体を係数環とする多項式環上のグレブナ基底の計算アルゴ リズムが実装されている。
係数環を一般の環に拡張する試みは多くの研究者によってなされているが、い ずれの場合も整域に限られていた。提案者らはICOT在籍中に、係数環がブール 環(整域ではない)の多項式環(ブール多項式環)においてもグレブナ基底を拡張 できることを示し、そのときのグレブナ基底が様々の性質を持つことを証明し た。これらのうちの大半は、体あるいは整域を係数とする多項式環上のグレブ ナ基底には無い性質であり、これらの性質によりブール値に関する制約を非常 にスマートに解くことが可能になる。提案者らは、ブール環として集合ブール 環を考えることにより、われわれのグレブナ基底を用いて集合制約が既存のも のとは全く異なった手法で解かれることを明らかにし、そのプロトタイプを ESPで作成した。
IFSのGDCCおよびCALにはブール多項式環上のグレブナ基底が一応実装されては いるが、そこで扱えるブール値は基本的には0と1のみであり、係数環は0と 1のみで構成される最も簡単なブール環に限定される。したがって、われわれ のグレブナ基底に関する研究成果のほんの一部分しか反映されておらず、これ を用いて集合制約ソルバーを実現することも、もちろん不可能である。
ブール多項式環上のグレブナ基底は、独自のM-reductionを用いること、 comprehensive グレブナ基底が容易に構成できること、イデアルの拡張定理に よって解を容易に扱えること、計算アルゴリズムに独自のsyzygy基底およびS- 多項式を用いること等、それまでの体あるいは整域を係数環にもつ多項式環上 のグレブナ基底にはないいろいろな性質を有する。これらのうちのいくつかは すでに論文等の形で発表されているが、本研究において、実際に動くソフトウェ アとして制作し提供することにより、われわれのグレブナ基底をより多くの人 に紹介することを目的とする。
また、グレブナ基底のような計算機代数のテーマにはあまり興味がないけれど も、知識処理を実現する上で集合に関する制約を扱う必要がある人にたいして も、計算機代数に基づく洗練された集合制約ソルバーを推論エンジンとして提 供することを目的とする。さらに、GDCC用の制約解消系も提供する。