平成7年度 委託研究ソフトウェアの提案 |
申請者等は ICOT 法的推論TG等の活動を通じて、法的推論システム new HELIC IIの開発に間接的に関与し、そして個別には、類推、状況推論、非単調 推論等の研究に従事してきたが、IFS の公開という今回の機運に乗じ、今後と もこのTGを研究コミュニティとして維持すると同時に、これまでに得られた様々 な理論的、実験的アイデアの本格的実装とテストにより、アイデアの深化と同 時にソフトの再生産の両者を意図するものである。
[研究項目1]:
ICOT法的推論グループによって構築された new HELIC-II はCBRをも含 めた論理構築・選択および価値の優先関係による論争機能を持つシステムであ る。こうしたシステムの利用者である法律家は自らの論理のチェックと強化の ために当該システムを利用すると想定できる。この観点から現在の new HELIC-II が補わなければならない機能の一つとして、動的な類似性判断機能 をあげることができる。
すなわち、法的判断で用いられる類似度は、ケース(状況)と、論証したいゴー ルによって微妙に変化するという事実がある。現在の new HELIC-II で欠けて いるこの機能を補うことにより、法律家が行う、類似性判断それ自体のチェッ クに使用できるシステムに進化させることが第1の目的である。
[研究項目2]:
類似性の多様性の問題は、法的安定性に直接的に関与する問題である。なぜな ら、類似したケースが同様に裁かれなければ、法的安定性は著しく損なわれ、 よって、市民の法に対する信頼が失われるからに他ならない。このことは、法 律家が引用する判例を求める際にも重要な問題点として指摘されるべきであろ う。
本研究では、法的安定性の観点からより適切な先例を求める法律家の作業を支 援できる環境構築を、研究項目1の成果を用いて試みたい。
『問題や観点に依存して類似性は変化する』という動的な側面を類似性が持つ ことは事実であろう。ここで、「観点」なるものの重要性は多くの研究者によっ てすでに指摘されてきて久しいが、では具体的に何が観点であり、それをどう 表現するかという問題に対し、明確な解答が得られているわけではない。本研 究では、観点を変化させる際に一つの要因となりえるゴール(所与の問題)を、 観点の代替物と考えることにしている。すなわち、「観点に依存して変化する 類似性」なる問題を「ゴールに依存して変化する類似性」にすり替えてみる。 次に類似性をどう捉えるかであるが、すでにこれまでの研究が明らかにしてい る立場をとっている。すなわち、『類似性があれば抽象化が可能であり、逆に 抽象化のもとに類似性が説明可能なものとして正当化される』。ここで、抽象 化fが可能であるとは、ある抽象レベルの知識Kで、Kの全ての具体化が具体 レベルの知識として正当化できることを意味している。このKをfで定まる抽 象化知識と呼ぶ。さて、通常、観点が決まると、我々が持っている一部の知識 がフォーカスされ、それ以外の知識や属性記述は観点に照らして無関係なもの として無視される。先ほど、観点そのものではなく、観点を決める要因の一つ であるゴールによって観点を間接的に掴まえると言った。この立場から述べれ ば、関連した知識と関連しない知識との差別化がゴールGを与えることにより 行われることになる。仮にこうした関連性の議論ができたと仮定すると、ゴー ルに依存して定まる類似性を求める問題を、ゴールに関連する部分的な知識に 限定して抽象化知識を形成する問題に帰着させることができる。『ゴールに関 連する知識とは一体何か?』という、基本的でかつ重要な問題が残されている が、現在は証明論的立場から、『ゴールの証明に使われる可能性のある知識』 だと規定している。
GDA が有効に働くための重要な鍵は、複数の概念を同一の抽象概念で同一視も しくは差別化するための豊富な具体レベルの事実や関係を領域知識が持つこと にある。幸いなことに法律における事例(ケース)とはまさに、特定・不特定 の個人や法人が登場人物として役割を演じる「物語」の世界であり、そこでは、 事実やエベント間の様々な関係が浮かびあがる。そうした数々の関係は、領域 知識として機能し、よって GDA による類似性の切り出しを行う対象領域とし ては最適であると考えられる。
さらに具体的に述べれば、現在のケース、判例および法的領域知識をGDAに 対する領域知識とみなし、判例のゴール達成に寄与する論証パスに関連した部 分領域知識に限定して、具体物や型があらわす概念クラスに関する同値類を形 成する。この同値類は、判例の論証パスを、現在のケースに写像するために用 いられる。ここで類似性の多様性とは論証の写像が可能な判例の数に依存して 決まることを意味している。
GDAは、1階述語論理によって記述された領域知識に対し、いくつかの述語 の同値類を探索するプログラムである。ここで、同一の同値類に属する述語は、 ゴール達成に関して類似し、異なる同値類に属する述語は、ゴール達成に照ら して類似関係がないと判断することを意味している。一方、IFS である new HELIC-II は型(Ψ項)付きの拡張構文(H項)を用いており、GDAをH項 に対するものに変える必要性がある。しかし、理論的にはH項は、1階論理の 構文的拡張として捉えることができるので、GDAのH項版を設計するのはそ れほど困難ではない。あとは、new-HELIC-II の記述言語であるKLIC を用いて H項版のGDAを実装することになる。
次に、GDAの出力結果であるオブジェクトを表す型とイベントを表す述語の 同値類を、仮想的な型およびイベントの階層に翻訳し、new-HELIC-II が利用 する「概念定義」データに仮想的に追加し、new-HELIC-II の論証構築・選択 モジュールに渡す。ここで、GDAが絞りこむ類似性はユニークとは限らず、 複数の類似性が出力される。こうした複数の類似性は new-HELIC-II に対して 取り替え可能な「概念定義」知識として提供されることに注意したい。結果的 に、多様な類似性を考慮にいれた new-HELIC-II の論証構築・選択モジュール がKLIC のコードとして実現できる。
判例における具体物は例示であるという見解がある。では、そうした個々の具 体物が何を例示しているかを批判的に吟味することが重要な作業であると思わ れる。この種の作業にGDAが直接的に寄与する点は以下のとうりである。G DAが生成する事物や型に関する同値類によって、現在のケースおよび判例に は出現しない他の具体物や型すらも類似物として算出される。こうしたGDA の機能によって、「仮想的なケース」を専門家に提示することができる。仮想 的なケースの中には、専門家のセンスに照らして肯定できないものも含まれよ う。その理由としては、(1) 専門家が陰に持っている常識知識が知識ベースに 書かれていない、(2) 判例を引用するために用いた類似性が過度の類似性であ り、不適切な例示までも含意する、等をあげることができる。(1) は知識ベー スの不完全性と常識知識の問題であるが、GDAの機能と専門家のチェックに より、知識ベースの不備な点の検出に効果があると思われる。本研究では専門 家の判断をあおぐ形で、本システムの領域知識を洗練化していく。また、(2) に関しては判例の現在のケースに対する不適切さを表す。法律家はその旨のメッ セージをシステムに発し、システムは別の可能な判例を提示する。
GDAは「仮想的な」ケースを計算し、それを専門家にチェックさせると述べ た。しかし仮想的なケースが現実の判例に存在している場合もある。そうした ケースの有無をチェックするのはシステムの仕事であり、拡張モデルにおいて それを実現する。さらに現在のケースに対するゴールを否定する結論を持つ判 例が検出されるかもしれない。これは論争の発生を意味する。本研究ではこう した論争問題を例題にして new HELIC-II が持つ論争機能のテストと吟味を行 い、より優れた論争メカニズム実現のための検討も行いたい。
また、2年次に予定している拡張モデルにおいては、基本GDAプログラムが 算出した同値類から適当な複数の写像を抽出し、法律家が行う吟味の対象とな る仮想的ケースを自動的に生成し、ユーザに提示する機能を持つ。さらに、法 律家が想定している論証と対立する論証を持つ先例を検索することにより、法 律家自身に先例引用と論証構築の再検討を促し、これと同時に、new HELIC-II が持つ論争モジュールの実験・改良のための題材を提供する。
本プログラムの特徴とは、類似性の切り出しを動的に行うGDAのアイデアを new HELIC-II に適用し、法律判断における類似性そのものを検証する計算機 実験環境を専門家に提供することである。
www-admin@icot.or.jp