平成7年度 委託研究ソフトウェアの提案

(19) ゴールに依存した抽象化を用いた法的推論の研究

研究代表者:原口 誠 教授
      北海道大学 工学部




[目次]

  1. 研究の背景
  2. 研究の目的
  3. 研究の内容
  4. ソフトウェア成果


[研究の背景]

法的推論は、膨大な常識知識や価値判断などを必要とし、かつ、個人や団体の 利害が複雑に絡み合う、極めて複雑なシステムであると言える。こうした大規 模かつ複雑な法的推論を直接ないし間接的に支援する計算機システムを構築す る目的で様々な試みが従来なされてきた。しかしながら、法律における価値や 状況依存性、法的判断の安定性等の計算モデルの構築がそもそもチェレンジン グなテーマであるという理由に加え、本格的な法的推論ソフトウエアにおいて は、様々な機能モデユールや、専門家である法律家の利用に供するために必用 なGUI等の軽快な利用環境構築も必用なこともあり、「法的推論の計算モデ ルの本格的な実装」→「専門家によるテストと分析」→「モデルの再構築およ びソフトの再生産」、という研究・開発の拡大再生産のプロセスを実現しにく い状況にあったと言えるだろう。今回、ICOT の成果物がフリーソフトウエア として公開されたことは、専門家の利用に供することができるシステムを迅速 にかつ比較的低コストで行うことを可能ならしめる一つの道を開いたと考えら れる。

申請者等は ICOT 法的推論TG等の活動を通じて、法的推論システム new HELIC IIの開発に間接的に関与し、そして個別には、類推、状況推論、非単調 推論等の研究に従事してきたが、IFS の公開という今回の機運に乗じ、今後と もこのTGを研究コミュニティとして維持すると同時に、これまでに得られた様々 な理論的、実験的アイデアの本格的実装とテストにより、アイデアの深化と同 時にソフトの再生産の両者を意図するものである。


[研究の目的]

申請者らは、(3)研究の背景で述べた観点から、下記の項目について、法的推 論の(a) 計算モデル自体の進化、(b)ソフトウエアの拡張、および (c)専門家 によるテストをとうして (a)および(b)の洗練化を行う。

[研究項目1]:

ICOT法的推論グループによって構築された new HELIC-II はCBRをも含 めた論理構築・選択および価値の優先関係による論争機能を持つシステムであ る。こうしたシステムの利用者である法律家は自らの論理のチェックと強化の ために当該システムを利用すると想定できる。この観点から現在の new HELIC-II が補わなければならない機能の一つとして、動的な類似性判断機能 をあげることができる。

すなわち、法的判断で用いられる類似度は、ケース(状況)と、論証したいゴー ルによって微妙に変化するという事実がある。現在の new HELIC-II で欠けて いるこの機能を補うことにより、法律家が行う、類似性判断それ自体のチェッ クに使用できるシステムに進化させることが第1の目的である。

[研究項目2]:

類似性の多様性の問題は、法的安定性に直接的に関与する問題である。なぜな ら、類似したケースが同様に裁かれなければ、法的安定性は著しく損なわれ、 よって、市民の法に対する信頼が失われるからに他ならない。このことは、法 律家が引用する判例を求める際にも重要な問題点として指摘されるべきであろ う。

本研究では、法的安定性の観点からより適切な先例を求める法律家の作業を支 援できる環境構築を、研究項目1の成果を用いて試みたい。


[研究の内容]

標記研究目的の達成のためには、動的類似性判断のために必用となる計算モデ ルがまず必要であるが、申請者等はその候補となり得るものを既に発表してい る。その内容をまず簡略に説明しておく。

[ソフトウェア成果]

(1)作成されるソフトウェア名称
GDA-HELIC-II

(2)そのソフトウェアの機能/役割/特徴
今回作成し new HELIC-II に機能追加を提供するソフトウエアは基本的に はGDAとその関連プログラムである。まず、H項もしくはΨ項に対応するG DA生成部は、領域知識の一部の事実や関係をフォーカスするための「証明論 的関連性の切り出し機能」、および、切り出された部分領域に限定して、述語 や型の同値類を探索する「探索機能」を有する。new HELIC-II が参照するの は、前述したように、GDAによって生成・修正された類似性判断のための型 およびエベント階層の部分である。よって、類似性判断モジュールの判断の源 である階層知識を提供する役割を演じる。

また、2年次に予定している拡張モデルにおいては、基本GDAプログラムが 算出した同値類から適当な複数の写像を抽出し、法律家が行う吟味の対象とな る仮想的ケースを自動的に生成し、ユーザに提示する機能を持つ。さらに、法 律家が想定している論証と対立する論証を持つ先例を検索することにより、法 律家自身に先例引用と論証構築の再検討を促し、これと同時に、new HELIC-II が持つ論争モジュールの実験・改良のための題材を提供する。

本プログラムの特徴とは、類似性の切り出しを動的に行うGDAのアイデアを new HELIC-II に適用し、法律判断における類似性そのものを検証する計算機 実験環境を専門家に提供することである。




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