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第4章 あとがき

 本年度におけるHECCワーキンググループの調査は、過去3年間の「ペタフロップスワーキンググループ」における調査活動の結果および昨年の「HECCワーキンググループ」の報告書を踏まえ、高性能コンピューティングに関連する情報処理技術のあるべき姿を探るように努めるとともに、今後注力すべき技術分野の検討に必要な元データを抽出するように努めた。この報告書は、それらの議論を踏まえて各委員の見解をまとめたものであり、必ずしも各委員の意見が同じ方向を向いているわけではない点はご了解願いたい。
 本報告書の内容は、ハードウェア/アーキテクチャ、グローバルコンピューティング、プログラミング/コンパイラ、シミュレーション、並列処理/アプリケーションなどと多岐に渡っているが、各項目における技術はそれ単独では存在しない。情報処理の分野の研究開発は、ハードウェアからソフトウェアおよびアプリケーションまで、その最先端技術をすばやく取り入れ、新しいシステムの開発や規格の提案に生かすと同時に、情報処理システムのニーズを的確に把握することがますます重要になってきている。たとえば、数値計算をサポートするための計算機システムは、汎用のマイクロプロセッサをベースにしたいわゆるスカラ型の並列計算機とベクトルプロセッサを主体にしたベクトル並列計算機に大別される。米国では、主としてスカラ型並列計算機システムがハイパフォーマンス計算を行うために用いられており、価格性能比が高いだけではなく、いくつかのベンチマークテストなどにおいては、高い性能を引き出すことが実証されている。このタイプの計算機システムにおいては、コンパイラ技術や最適化技術、あるいは並列化のためのプログラミングツールなどの果たす重要性が高い。このことによって、米国では並列化のためのソフトウェア技術や並列化されたプログラムのライブラリなどが蓄積されてきたことは事実である。しかしながら、すべてのプログラムやアルゴリズムが全て効率よく並列化されるというわけではなく、プロセッサ数が多くなるに従って、むしろ効率的な並列化ができないアプリケーションが存在するという事実もユーザの間で認識されてきている。また、従来から我が国のスーパーコンピュータの主流であった並列ベクトル計算機の方が、超並列計算機に比べて一般的に並列化の効率が高いという認識もある。本報告書の中で、横川委員の報告にも書かれていたように、2001年の2月の末、NECと米国クレイ社との提携が発表された。このことの背景には、第1にNECが454%のダンピング課税を課せられるなどしてベクトル型を得意とした日本製スーパーコンピューターが米国市場から排除されてきたという事実があげられる。さらに、ハイエンドのベクトル型スーパーコンピュータをもはや米国では製造することができずに(あるいはコスト的に見合わないとの判断で)、日本製を導入せざるを得なかった状況と、米国のある種のユーザから気象予報や自動車の衝突試験などのシミュレーション解析の分野で優位性のあるベクトル型を求める声が高まっていたということがその背景にあると考えられる。
 上に述べたことは、必ずしもベクトル型スーパーコンピュータの優位性やスカラ型の並列計算機の導入に伴う、並列化のためのソフトウェア技術が不必要であったということを述べたのではない。情報処理産業を全般的に捉えると、より汎用的な技術である並列化ソフトウェア技術に関して積極的な支援を行う必要があるのはいうまでもない。そのような意味において、わが国においても遅ればせながら、本ワーキンググループの委員である早稲田大学の笠原教授が中心になって進めている「アドバンスト並列化コンパイラ技術研究開発プロジェクト」が通産省(現在は経済産業省)の下で開始されたことは喜ばしいことである。このプロジェクトではマルチプロセッサ・コンパイラの性能を高めることを目指して産学で共同研究が進められているが、わが国での大学での基礎技術に基づいて民間が共同開発を行うことは、情報処理技術の特にソフトウェアの分野ではなかなか見られなかった形態であり、その成果に期待したい。
 最後に、昨年の報告書のあとがきで、わが国においても、省庁横断的な形で情報処理に関する提言がまとめられているということを紹介した。米国政府に対するPITACなどの提言と比較すると、総花的で、概念的な面はあるが、このような方向性が現れたことは、大きな一歩であった。この提言を受けた形で、わが国においても、昨年(2000年)、森内閣のもとでITの推進ということが叫ばれるとともに、補正予算や各種の戦略会議がつくられ、国をあげて情報処理の推進を図るということが強調された。このような形でIT基本戦略が出されたこと自体は期待が持てるが、インフラ作りが強調されていて、それを実際に担い利用するはずの肝心のR&Dの推進とIT技術者・研究者の育成については、それほど重要視されていないように見える。米国のIT 関連のR&D政策を見てみると、20億ドル程度のそれほど大きいとは思えない予算規模ながら、連邦政府の推進体制に、公的研究機関、大学、民間企業の一体となった実施体制がうまく噛み合って、予算規模をはるかに越えるような成果を上げているという点であり、今後はこのような基本戦略を見習いつつわが国に即したR&D政策を立案すべきであると考える。そのような目的の際に、本報告書が参考になれば幸いである。

 

(山口喜教主査)

 

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